第8話 初めての感覚

あの時の感情は何だったのだろう?全くわからない。マグカップを両手で持って「ありがとう」という姿が、ほんの一瞬可愛く見えた。言っとくけど、早千は男だぞ。俺…。


「何言ってるんだ?さっきから…。」マスターに声をかけられて、我に返った。「あっ、すいません。」と一言謝って、仕事に戻る。


気づけば夕方になっていて、そろそろバイトが終わる時間だ。


「マスター、今日も勉強と練習して帰ってもいいですか?」とマスターに聞くと「いいよ〜」と言われたので、そうしようと思った。バイトが終わる30分くらい前に、カフェのドアが開く。


はな冬和とうわだった。「おっ、どうした?めずらしいな〜」と言うと、「今日は、花から平良にお願いがあって寄ったんだ。」と冬和が笑う。「そか、わかった。とりあえず、もう少しで終わるから、コーヒーでも飲んで待っててもらってもいいかな?」と言うと「わかった。」と言って、席に着いた。


バイトが終わって、自分が飲む飲み物を作って2人が待つ席に向かう。


「ごめんな。で、俺にお願いって何?」と言うと美容室でアシスタントをしている花が口を開く。「今度の週末にショーがあるんだけど、先輩のモデルさんが、突然体調を崩して出られなくなったんだ。だから、代わりに平良にお願いしたくて…。ダメかな?」というものだった。


その日は、ちょうど仕事が休みで「俺で良ければ…」と返事をした。困った時は、お互い様だ。花は、美容師になる夢を持って、美容室でアシスタントを頑張っている。引っ越しも手伝ってもらったし、友達の頼みだから断るわけにはいかない。


花と冬和が帰ってから、バリスタの勉強を始めた。いつのまにか11時をまわっていり、帰る準備をしていると、携帯にラインを知らせる着信音。『あっ、早千だ。』胸の奥が一瞬高鳴った気がした。


『お疲れさま〜。』と一言だけ、「ん?」気になってメールを返信する。


『どうした?何かあった?』と送ると『何でもない。仕事終わる頃かなと思って送ってみた★笑』思わず、『お前は、女子か笑』と、メールでつっこんでいた。そしたら、うるさいという一言と絵文字が返ってきた。


表向きは、ツンツンしてるのに単純で、表情がコロコロと変わるし、やることはまるで女子みたい。これが早千なのかと思うほど、色々な姿を見せてくれる。


部屋に着くと早千からまたメールが来ていた。荷物を全部置いて、とりあえずシャワーを浴びようとシャワールームへ向かう。一息ついて携帯を見ると、メールが2件に増えていた。


『今日もお疲れ!忙しかった?』『疲れて寝ちゃったかな?』という内容だった。俺は、急いでメールを返す。『ごめんごめん、シャワー浴びてたから気づかなかった。』と打つと『そっか。本当にお疲れ様〜ゆっくりしてね。』とすぐに返信が来た。


『そだ、俺、実は週末友達にモデル頼まれてさ〜。初めてだから緊張するよ〜☺️』と打つと、『へぇ〜、すごいじゃん!平良はスタイル良いからきっと大丈夫だよ!がんばってね><』


こんな何気ない会話のやり取りが楽しくて、時間を忘れてしまうくらいだ。今までになかった感覚を感じて、戸惑っている自分がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る