第5話 何かが変わった瞬間

俺は沈黙に耐えられず、次の質問を投げかけてみた。


「もしかして、俺に桜花学園出身じゃないって言ったことって、さっきの話と関係あるのか?」と言うと。「お前って、意外と鋭いな…。」と言われた。「俺の名前は『お前』じゃない。天野平良あまのたいらだ。あっ、忘れてたろ?」と冗談混じりに笑う。


「……覚えてるよ。記憶力はいいほうだから。」とさっきよりも柔らかい口調で返された。


「俺さ、高校のある時期から恋愛対象が他の奴とは違うのかもって思い始めて…。彼女作ったり、女の子とたくさん遊んだりしてた。…けど、やっぱダメで。ある時、一人の人を好きになったんだ。その時、自分自身がゲイなんだと確信した。その恋は、俺の片想いで終わったけど、そこから開き直ったというか、吹っ切れたというか…自分の気持ちに正直になろうって決めたんだ。でも…高校時代の奴らには、どうしても知られたくなくて…桜花学園高校の名前が出た時…咄嗟に嘘ついた。」


何かのわだかまりが取れたように涼風が話してくれた。正直、話すのは辛かったろうに、そう思ったら自然と「ありがと。話してくれて。」と感謝の言葉がこぼれていた。


涼風は、目を大きく開いて驚いた様子。目の奥が「なんで?」と言っているようだった。「涼風、表情…分かりやすすぎだよ」と笑うと、今度は不服な表情が現れる。コロコロと変わるその表情に、また笑った。最初は、取っ付きづらくてクールな奴だと思ってたけど、実は単純で、素直な奴なんだろう。


「で、高校の頃好きになったソイツには告白したのか?」と聞くと、「…してないよ。だって、ノンケだし、言うのが怖かった。」と声が細くなった。俺は、「そっか」と一言だけ呟いて、コーヒーを飲んだ。


確かに、俺が涼風の立場だったら、気持ちを告げるのはとても勇気がいることだし、怖いと思う。童話のみにくいあひるのコのように、周りは白い白鳥なのに自分だけが灰色のような感じ。だから、俺に、このことを話すのも勇気がいったことだろう。俺は、涼風のことをかっこいいと思った。


話を終え、帰ろうとした時、「俺のこと名字じゃなくて名前でいいから。名字で呼ばれるの慣れてなくて。」と笑うと、「わかった。じゃ、俺のことも早千でいいから。」俺たちは、携帯番号も交換して、友達になった。


どこか新鮮な気持ちだ。


次の日、俺は朝からカフェのバイトに出勤していた。ドアが開く音がしたので、振り返ってみるとそこには早千がいた。「おー、おはよう!今日は朝から講義なのか?」急に距離が縮まって話しやすくなった気がした。


「そうじゃないけど、早めに学校に行って勉強でもしようかと思ってさ。」と言ったので「意外に真面目なんだな〜」と笑って返す。するとそこへ「あれ?なんか急に仲良くなってないか?」とマスターがやってくる。「そうですかね。あっ、実は、マンションでお隣さんだったことがわかって、なっ。」と早千に同意を求めると「そ、そうなんですよ。」と慌てたような口調で答えた。


マスターは、少し笑って「今日は、ミルクフォーム多めのホットラテ、平良に作ってもらいな。」とだけ言ってどこかへ行ってしまった。「テイクアウトでいい?」と聞いて、会計だけを済ませ、早速ミルクフォームたっぷりのホッとラテを作り始める。


早千は、立ったまま待ってるから「そこらへんに座って待ってて、すぐ作るから」とだけ言って、急いで作る。「あっ!」俺は、思いついたようにペンを取り出した。


できたホットラテを持って早千のところへ持って行く。「はい、おまたせ!」と言って差し出すと早千の目線がある部分で止まった。「おっ、結構早く気づいたな。」俺は、カップに『いってらっしゃい!頑張れよ!」と笑顔のマークを書いて渡したのだ。


「…某スターバックスの真似か?」と憎まれ口を叩きながらも「ありがとう」とお礼を告げて、早千がカフェを後にする。


つくづく面白い奴だと思った。

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