第13話 ぼく、番犬と用心棒、失格でして……。




 

 後日もう1話、やはり犬にとっては名誉とは言いがたい話を書かせてもらった。


 これまた犬には申し訳ないのだが、文筆業のハシクレの飼い主の、困ったときのネタにされやすいのも、家族の一員としての許容範囲と見てもらうしかあるまい。



      *


 

 散歩から帰り、いそいそと玄関に駆けこんで行くとき、


 ――ああ、この子はこの家を頼りに生きているのだな。


 当たり前の事実が、ぐっと胸に迫り来る瞬間がある。


 犬が入ると、1日中無人で冷えきった空間にたちまちのうちにぬくもりが満ち、柱や廊下に残された無数の疵あとや、体当たり攻撃でつけられた直径50センチはありそうな2階の壁の穴など、そう大した問題ではないように思われてくるのだ。


「犬がいると、用心がいいですね」

 よく言われるが、そんなことはない。


 最初のうちは、たしかにわたしもそう思っていた。


 だが、あるとき、少なくともわが家の場合は当てにならないことが判明した。

 大学に進んだ姉むすめもまだ家にいるころ、夜中に2階で不審な物音がした。


 ――すわ、出番!


 とばかりに犬を用心棒に引き立てた姉むすめを先頭に、妹むすめ、わたしの順で、家族全員がひとかたまりになって、一歩、一歩、薄暗い階段を上って行った。


 とそのとき、


 ――キャイン!


 突然の大絶叫。

 あろうことか、恐怖のあまり(と思われる)犬が階段を踏みはずしたのだ。


 ――なんと情けない。肝心のときに頼りにならないじゃないの、おまえは。


 みんなの批難の視線を浴びた犬は、面目なさげに列の最後尾にまわった。


 ミシッ、ミシッと廊下を進み、奥の部屋の扉を恐るおそる開けてみると、


 ――バサッ、バサッ!


 ベランダに迷い込んだ大きな鳥が、動転して3方の窓に体当たりしていた。


 以降、かわいいはかわいいが、番犬や用心棒としてはまったくの無能と見なされた犬は、いざというとき、いっさい当てにされなくなったことは言うまでもない。


 もっとも、犬の名誉のために付記しておけば、家族が留守のあいだ見守ってくださるご近所の方々によれば、犬は見知らぬ人の来訪には猛然と吠えかかるそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る