第12話 ドッグランデビューで度肝を抜かれました。
タウン誌の巻末コラムの執筆は、内勤の編集者にも割り当てがあった。
犬には申し訳ないが、もうひとつの臆病譚を書かせてもらうことにした。
*
心と身体はきり離せないもの。
どちらかが傷ついているのに、もう一方が無傷のままということはあり得ない。
そのことを再認識したのは、犬を評判のドッグランに連れて行ったときだった。
大学から帰省中の姉むすめとふたり、いそいそと車に乗せて連れて行ったのだ。
仲間たちと一緒に喜々として草原を駆けまわる愛犬の雄姿を思い描きつつ……。
だが、会場に着いたとたん、それがいかに無謀な考えであったか、痛いほど思い知らされる羽目になった。
まず駆け寄ってきた青い横縞のニット・ウェアを着用した太めのコギーくんの、
――ウウッ!
の洗礼を受けた犬は、入り口のゲートから一歩も踏み出せなくなってしまった。
まるで石膏で固めた犬の置き物状態である。
それを皮きりに、ゴールデンレトリバーやラブラドルレトリバーなどの大型犬がわれ先に駆け寄り、わが犬の頭から尻尾の先までを、くまなく嗅ぎまわり始めた。
荒々しい鼻息とおびただしい唾液でもみくちゃにされながら、犬はガチガチ音が聞こえるほど歯を鳴らし、ハリネズミのように強ばった被毛を空に逆立てている。
恐怖に見開かれた目が、
――助けて!
と叫んでいた。
だが、こういうとき人間が割って入れば、さらなる騒動に発展しかねない。
顔面蒼白の姉むすめとふたり、ただなりゆきを見守っているしかなかった。
やがて、新入りに興味を失った古参犬たちは、いっせいに走り去ってくれた。
――やれやれ。
安堵した直後に異変が起きた。
姉むすめに慰められ、隅でボールを追っていた犬が、すとんと腰を落とした。
――シャーッ!
多数の犬の疾走で無惨な禿げだらけになっている草地に、真っ赤な鮮血が迸る。
「あら、この子、お尻から血を流しているよ!」
「お尻じゃなくて、腸から出血しているんじゃない?」
呑気にボール遊びどころの話ではない。
少し歩いてはしゃがみ、赤い色水を撒いたような血便は10回前後に及んだ。
「あれ、もう帰っちゃうの?」
気の好さそうな飼い主と犬たちの間をすり抜け、大慌てで犬を車に避難させた。
帰宅すると犬は家に走りこみ、玄関先の犬つぐらの毛布に丸まって目を閉じた。
その日1日中、犬は、
――ワン!
とも発せず、
――ぼく、精も根も尽き果てました。
と言いたげな様子で、ただひたすら、こんこんと眠りつづけた。
毛艶が失せた身体は、ひとまわりもふたまわりも萎んで見えた。
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