第6話 先輩たちから洗礼を受けました。

 



 

 2日目の朝、出勤すると、露骨な好奇の目が待っていた。


 ――初日で音を上げると思っていたのに、意外にしぶといんだね、この人。


 小さくなっている新人の目の前で、意味ありげな視線縦横斜めに絡み合う。


 ――まさか。この程度でめげていられませんよ、シングルマザーとしては。


 いたぶり甲斐もなく平然としているのがお気に召さないのか、リーダー格の金髪ネエサンは、昨日の先輩とは別のメガネ先輩と無言の視線を交わし合っている。


 寒い戸外で震えながら社員の出勤を待ち、カギを開けてもらい、雪崩れ込むように店内に入ると、小走りのまま上着を脱ぎ、つかい棄てのゴム手袋を付け、ついでに持ち場のパネルや玉入れなどを片付けると、怒涛のように作業に突入する。


 新人は昨日と同じ場所の担当だった。

「昨日教えたとおりにやればいいんだからね」


 すぐ横に張りついた先輩はいとも簡単に言ってくれるが、どういうやり方であれ最後に煙草の灰や指紋が残らないようにすれば結果オーライというならともかく、10数段階に及ぶ手順が細かに決められていて、ひとつでも後先にすれば、即座に叱声が飛んでくるから厄介だ。どっちが先でも同じじゃないのと思いつつ……。


「ちがうちがう! そうじゃないでしょ! だからぁ、こうやってこうやってこうやるんだって、あんなに教えてあげたじゃないの。何度も同じこと言わせないで」

 いちいち言われると、算数ができない小学生のような気持ちになってくる。


「もっと強く力を入れて! やさしく撫でたって指紋は消えやしないんだよ!」

 早くも右腕に痺れがきているが、そんなこと、おくびにも出せるはずがない。

 叱られっぱなしで終わった2日目も、コスプレ小娘による最後の駄目押しまで、初日とまったく同様だった。


 全遊技台の清掃作業のチェックはコスプレ小娘ひとりに任されているのか、他の店員は清掃の出来不出来に関心を示さず、自分が担当する列の調整に余念がない。


 指紋一片も許さないコスプレ小娘は、オドオドと自分の顔色をうかがうオバサン作業員たちを手玉に取る役得を、じっくりと楽しんでいるようにすら見えてくる。



 それでもよくしたもので、

「よし、もう大丈夫だね」

 1週間後には先輩からも太鼓判を押され、担当列を任されるようになった。


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