第5話 コスプレ姉さんに大目玉を食らいました。
――ジャジャーン! ジャジャジャジャーン!
とつぜんの大音響に度肝を抜かれた。
まばゆいばかりの照明のいっせい点灯と同時に、それまで沈黙していた600台の器械が生き物のように動き始め、音量マックスのアニソンが雨霰と降ってくる。
――チン、ジャラジャラジャラ。チン、ジャラジャラジャラ。
店内の全遊技台の内部を玉がフルスピードで回転する音に、
――いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、いらっしゃいませ。
独特のイントネーションのマイクテストが重なり、賑やかなことこの上なし。
店内は一気に戦陣の第一線と化し、清掃作業員たちの目が猛り立って血走る。
ぼやぼやしていたら蹴飛ばされそうだ。
「急いで! これが始まったら時間がないよ!」
案の定、眼鏡先輩から大叱声が飛んで来た。
ひと口に遊技台といっても、比較的凹凸の少ないオーソドックス型から般若面や
そのうえ、遊戯を知らない新人にはわからないがパチンコとスロットでは器械の構造がまったく異なるので、当然、清掃の手順も留意すべき場所もちがってくる。
――こんなに複雑な行程を、たった1日で覚えよと言われても……。
新人の戸惑いをよそに、縁なし眼鏡の奥の先輩の目はますます尖って来た。
そういう社内規則なのか、いたって地味なスーツで通勤して来る男女店員たちがアニメのコスチュームらしい派手な制服に着替え、店内の随所に配置され始めた。
年輩の清掃作業員たちは、若い彼ら彼女らの目をひどく気にしているらしい。
「だめ! 教えたのとちがうでしょ!」
「遅い! またも指紋が残っている!」
なぜか先輩のボルテージが急に上がったと思ったら、プロレスラーのような体格の店長がO脚を誇示するような歩き方で、うしろを通り過ぎて行くところだった。
連続して玉が出るように器械に細工したり、隣席の客と諍いを起こしたり、若い女性スタッフにちょっかいを出すなどの客に、慇懃かつ強引にお引き取りを願って出入り禁止を申し渡す場合など、凄みのある睨みがさぞかし功を奏するのだろう。
バケツの水を掛けられたような大汗にまみれながら、どうにかこうにか遊技台の掃除を終えると、息つく間もなく、つぎには同数の椅子の拭き掃除が待っていた。
最初に灰皿を拭くのに使用した白い濡れタオルを右手に1枚、左手に1枚持って臨戦態勢に入ると、まず背もたれの表と裏を同時に拭きあげ、つぎの瞬間、さっと身を屈めて下部へまわり込み、あらためて見ればやたらに複雑な構造になっている脚の部分をチャチャッと素早く拭きあげる。とにかく「チャチャッと」が大事だ。
ボクシングのウィービングと同じく、2本足にとっては極めてきびしい動作だ。
上下動の激しさに、全速力でマラソンをしているような大汗が噴き出してくる。
――これを150回繰り返すのか。
内心、絶望感に打ちひしがれた。
自分としては大奮闘の末、終了時間の7時45分ギリギリに作業が終わった。
道具置き場の前にトイレや食堂、外まわり担当の作業員たちも集合している。
びくんと跳びあがった先輩が、大慌てで遊技台の方へ走り出した。
取り残されたみんなは、なにやら複雑な視線を交わし合っている。
「ほら、そこのあんた。そんなとこでぼやっとしていないで一緒に行きなよ!」
わけのわからない新人に命じる金髪ネエサンはなんだかうれしそうだ。
新人担当の列がとくに目を付けられる慣例については、後日、知った。
横柄に顎でしゃくられた列へ走って行ってみると、こちらが恥ずかしくなるほどの超ミニスカートを穿いた小娘に向かって、先輩が白髪混じりの頭を下げていた。
「ちゃんと仕事してもらわないとさあ、困るんだよね、おばさん。こっちはさあ、高いバイト代払ってんだからさあ。拭き残しのこと、店長に報告しておくから」
母親のような年輩者に向かって高飛車に言い放ったコスプレ小娘は、まだ一人前の清掃作業員として認めていないことを示すためか、新人には一瞥もくれない。
小娘と先輩の双方にペコペコあやまりながら、指摘された箇所を拭き直した。
「お先に失礼しまーす」
団子のように1列になって、煙草の煙が充満する事務所のドアから外へ出た。
わずか2時間と高をくくっていたがとんでもない大汗をかいたので、猛烈な勢いで体温が奪われていく。身体が冷えないよう大急ぎで上着を羽織った先輩たちは、
――仕事が済んだら、こんなところには一秒だって留まっていられないよ。
とばかりに、それぞれ急ハンドルの音を立てながらフルスピードで去って行く。
呆気に取られているうちに、ひとりだけ取り残された新人が用心深く立体駐車場を降りて行くと、1階の店舗入り口には早くも20数名の客が列をつくっていた。
リタイア組の高齢者だけでなく、30~40代の働き盛りのすがたも見える。
――そういえば、今日は「出玉の日」とか言ってたっけ。
平日なんだけどね……と思いながら道路へ出た。
見慣れている外の世界がキラキラと新鮮だった。
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