第4話 新入り恒例の歓迎が待っていました。
ところが、相当にハードな肉体労働であることを初日に思い知らされた。
ノートとカメラ持参の取材業務とは、労働の質からして決定的に異なる。
まず総数600のパチンコ台の圧倒的な存在感に、恐怖に近い気持ちを抱いた。
中国は
ということは、単純に計算すれば、ひとり当たり150台。
この数が妥当かどうかは、新人に判断できようはずもない。
少し年輩の、わりに親切そうな人が教育係についてくれた。
「ええっ! この前もわたしだったんですよ。今度はほかの人にお願いします」
「まあまあ、まあまあ、そう言わないで。会社の上のほうが決めたことだから」
――この前も……って、直近にもだれかが入って、すぐに辞めたとか?
不安をよそに渋々うなずいた先輩に連れられ、さっそく最初の作業が始まった。
まずは水色のフワフワがいっぱいついた、ハンディモップ風の道具を渡される。
静電気を利用して遊技台の煙草の灰を落とすものらしい。
ふわり軽いし、掃除道具とは思えないほど可愛いらしい。
――楽勝、楽勝!
思ったのも束の間、作業を始めると、
「もっとチャチャッと手早くやって!」
温和に見えた先輩の叱声が飛んで来た。
「モタモタしてたら時間に終わんないよ!」
慌ててスピードを上げると、
「ちょっとぉ、まだこんなに灰が残ってるじゃないの!」
またもやこっぴどく叱られる。
「撫でてるふりだけじゃ仕事じゃないよ!」
苛立つ口調がだんだんきつくなってくる。
しまいには、自分の作業を終えた他の先輩まで加わっての鵜の目鷹の目だった。
全身汗だくになって担当台数の埃をようやく払い終えると、ほっと肩の力を抜く間も許されず、今度は濡れたタオルで遊技台の下部をスピーディーに拭いていく。
つかい棄てゴム手袋をはめた先輩が、両手を漫画のように素早く動かしながら、2か所の作業を同時に、いずれも完璧にこなすベテラン技を披露してくれる。
新人の目には神技だ。
「はい、やってみて」
見よう見まねで始めてみたが、濡れタオルの扱いからして始末に負えない。
両手の人差し指に濡れタオルを絡ませ、左右の灰皿の灰を同時に拭い取る。
「もっと力をいれてグリグリグリッと。だめだめっ、こんなに残っているよ!」
またしても叱声が飛んでくる。
――あの、わたし腱鞘炎で……。
などとは口が裂けても言えない。
ビル管理会社の面接のとき、渡された書類にボールペンで記入しようとしたが、緊張もあって指の震えが止まらず、ミミズが這ったような文字しか書けなかった。
「すみません、運転の直後なので、手が震えて」
「大丈夫ですか? 清掃の仕事はきついですよ」
冷や汗をかきながらの言い訳に若い面接担当者のメガネは疑わしげに光ったが、それでも即決採用されたのは、万年人手不足業界の形だけの面接だったのだろう。
先輩がぴったり横に張りついて針のように目を尖らせているので、指と肘の痛さを堪えながら両方の人差し指を孔に入れて、思いきりグリグリやらざるを得ない。
持ち分の150台を拭き終えたときには、ほとんど指の感覚がなくなっていた。
息つく暇もなく、つぎは別の色の濡れタオルで遊技台全体を手早く拭いていく。
――移動はつねに小走り。
それが暗黙の了解らしい。
作業を終えると、駆け足で道具の置き場所にもどる。
先ほどは白タオルだったが、今度は青タオルである。
「これからが重要な作業なんだから、しっかり覚えてくれなきゃ困るからね!」
きびしく言いながら、先輩の縁なしメガネの奥の目が、狐のように細くなる。
「この種類の器械はね、ここから拭き始めてここへ来て、その手をぐるっとまわしてここを拭く。最後にここを拭いて、レバーが出っ張っていないかをたしかめる。大事なことは、その間にも左手を遊ばせておかないこと。もっとも指紋がつきやすいここの部分を最低2回、ぐぐっと力を入れてこすりあげる。はい、やってみて」
またしても、目にも止まらぬ神技である。
まったくチンプンカンプンだが、言われたとおりにやってみるしかない。
静電気の起こりにくい素材の青タオルはサラッとしていて扱いやすいが、右手に1枚、左手に1枚、計2枚を指の延長のようにつかいこなさなければならない。
一応、拭き終えたつもりでつぎの台に移ろうとすると、ビシッとNGが入る。
「ちょっとぉ、これで拭いたつもり? さっきから何度も言ってるようによく見てみて。ここにもここにも指紋がバッチリ残ってるよ。ほんと、勘弁してよね。あとでチェックが入ったとき、こっぴどく怒られるのは、このわたしなんだからね!」
よく見てと言われても、客の遊興心を惹くべく、やたらキラキラ反射するように設計された凸面ガラスに付着した指紋が、裸眼で確認できようはずもないのだが、「すみません、見えません」これまた大禁句であることは言うまでもない。
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