昭和の始め・れい子・孤独なふたりとたった一度の契り


 わたしの家は、代々薬の研究をしていた。


そして、宏俊さんの家は、代々医師。


私と宏俊さんの家は、町を、国を支えてきて、これからも、ずっとそうで。


わたしたちの家は、お互いに繋がりが必要不可欠だった。


だいぶ昔から。


うちの親族からは必ず長女が、宏俊さんの家の長男に嫁ぐ決まりだった。


 跡取りとしての子供が産まれないと意味が無いので、わたしが病になり、結婚の話はなしになった。私も、受け入れるしかなかった。


 なんとなく心づもりはできていたが、心は空っぽになったような感覚だった。


宏俊さんは、それでも結婚しましようと言ってくれたけど。


.私が、断った。


 代々、先祖のころから決めてきた事。


それを宏俊さんが裏切ってしまったら。


宏俊さんの医者としてのこれからが、無くなってしまうのが嫌だったから。


私から、宏俊さんのお父様と、宏俊さんに、丁重にお断りをした。


 ただ。


 わたしを、一度だけお嫁さんにしてください。


 私はそう、お願いをした。


「どういうことか分かっていますか。」と宏俊さんは言った。私はわかっています。と返事した。


 

 私たちが、密かに、私の部屋で。二人だけで結婚の儀を挙げた日は。


 雨が降っていた。


 都合よく、父が外出する日をわたしは選んだ。妹も母と買い物に行っている。サエさんは、こんな時は、ほとんど二階に上がってこない。


 宏俊さんに、たくさんお花を持ってきてもらい。それを飾り、杯をひそかに用意して。


形だけの二人だけの、そういう儀式をし、杯を交わした。


 終わったら、小さなろうそくの光を残して。わたしたちは灯かりを消した。


 帯を外し、療養するために着ている薄い着物を、私はするりと脱いだ。


 宏俊さんがつけてくれた、髪にさしたナデシコの花が揺れたが、それは取らなかった。

少しでも綺麗でいたかったから。


  雨のせいで、昼過ぎなのに暗かった。


まどからはほとんど光がさしてこず、ろうそくの明かりがゆらゆらと私の裸の身体を照らした。肋骨が浮いていた、少しだけわずかにふっくらした胸が恥ずかしかった。

 

 宏俊さんは、微動だにせず私の体をじっ・・と見つめていたが。


 どうしていいかわからなくなった私を、宏俊さんは抱きしめてくれた。そして。唇を重ねてくれた。


 うすい唇は見た目よりずっと柔らかくて。どうしていいかわからなかったけど、安心して受け入れることができた。


「・・・・ずるいです。・・・宏俊さんも見せてください。」


 宏俊さんの胸に顔をうずめ、私は言った。


 宏俊さんが背中を向けて、服を脱ぐところを、わたしはじっと見ていた。


 結婚したら。 こんなことも当たり前にするのだろうか。だとしたら、一見恥ずかしい事をしているようで、とてもこれは愛しい瞬間だと思った。


 裸で、並んで一緒の布団に入り、それだけで胸がゾクゾクした。


ゆっくりと、宏俊さんが覆い被さり、体と体が密着する。胸の先と、足と足の間に弘敏さんの身体が触れた。 


 宏俊さんは、まるで壊れ物を扱うかのように、ゆっくりと胸の先を唇で触れた。私は思わず吐息を漏らしていた。 宏俊さんが胸にキスをするたび、足と足の間に宏俊さんの身体が当たるたび。


体の奥から何かがあふれて、湿っていくようなそんな感覚があった。


  早く。早く。


 私は何かを求めていた。

死に対する恐怖を。孤独を。さみしさを。宏俊さんと一緒に抱きしめてほしかったのかもしれない。


 宏敏さんが指でそこに触れた瞬間、思わず息が漏れた。その身体の中心の敏感なところと、胸の先を舌で触れられ、いつのまにか私は激しく刺激を求めていた。


 やがて、ゆっくりと宏俊さんのものが入ってきた。ゆらゆら揺れるようにゆっくりと続いて。


頭が真っ白になる。


このまま、何もかも置いて、宏俊さんとこうする事が出来たらいいのに。



 そして、私は宏敏さんと、この時だけ、夫婦になれたのだった。


最初で最後だった。


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