昭和の始め・宏俊・手紙が途絶えた理由
「わざわざ、麗子の為に来てくださって、ありがとうございます。」
麗子さんのところを訪ねると、いつも、僕の家を出入りしている使用人のサエさんが出てきた。麗子さんのお母さんも出てきて、二人して頭を下げられた。
「麗子、体調を崩しているんですよ。」
えっ・・・。麗子さんもだが、麗子さんの家の誰かが病になると診察するのは医師である、僕の父だった。そんな話は初めて聞いた。だが、それは当然なのかもしれない。僕の父と麗子さんの父は、先月から地方に行って不在だった。
女性の寝室に入ったことは、何度もあった。去年まで学生だったとはいえ、僕も父と同じ仕事をしているからだ。しかし・・・と、ためらう間もなく、ほお押し込められるようにして、僕は麗子さんの部屋に入った。
女学生の部屋はとてもひっそりとしていた。
外套が飾るように床の間に並べられていた。角につけられた机の上には英語の本が並び、机のはしにはたくさんの裁縫道具があった。手紙に妹の前掛けを縫っているといつか書いていたことを思い出した。
「・・・・体を悪くしてふせってたので、書くことが何もなかったんです。」
麗子さんは体を起こして、言った。
「ごめんなさい。こんなときに。」
僕は頭を下げた。こんな時にまで気を使わせてしまって、申し訳ない気持ちだった。
「謝らないでください。」
差し出された麗子さんの手を、受け取った。僕は初めて麗子さんの顔をゆっくりと見れた。三つ編みを垂らした麗子さんは、先日のきっちりした雰囲気とはまた違い、少女のようだった。そして・・・とても、ほっそりしていた。
「宏俊さん。って呼んでも良いですか。」
もちろん。構わなかった。枕元にお盆が置いてあり、花が飾ってあった。
「花、本当に好きなんですね。」
顔を合わせたのは今日で二回目なのに、手紙のやり取りをしているからだろうか。先日会ったような、ぎこちなさはお互いすっかり消えていた。
はい、とうなずいてかすかに笑う麗子さんの横の窓から、梅の小枝が見えた。
「宏俊さん。私、生きられますか。あれが咲くころまで。」
嘘はつけなかった。
麗子さんの手が震えているのが伝わってきた。
「・・・すぐに良くなりますよ。」
握る手に力を込める。
僕は・・・・ 医者は、嘘をつくことを許されない。
でも。
目の前にいる人を。
不安にさせないためには、他に、どうしたらよかったのだろう。
か細い、ピアノの音が聞こえてきた。
有名な、外国の曲を弾いていたが。それは童謡の歌にころころ変わり、すこし僕らの間の緊張を和らげた。
「結婚したいです。」
麗子さんが言った。
「しましょう。結婚。」
僕は言った。麗子さんが笑ってくれるなら。何があっても、そうしたいと思った。
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