昭和の始め・宏俊・決められた相手

 


 昨日の昼間、父親に言われ僕の結婚相手に会いに行った。


 何度かその家の前は通った事があるが、中に入ったのは始めてだった。

 



「はじめまして。麗子です。」



 そう名乗られて初めて、僕は結婚する人の名前と、その人の顔をちゃんと見た。


結婚というものに興味など無かったが、普通に綺麗な人だと思った。


白と赤の模様の着物に緑の袴がとてもよく似合っている。


まだその人は女学生だそうだが、まるで店で会う女が付けるような、紅を付けていた。


でも、俗っぽい雰囲気はなく、まるで、十をこえたばかりの幼い娘がいたずらに紅をひいてみたような・・・そんな愛らしさがあった。


だが、僕はこれ以上その人を目に入れる事ができなかった。一応僕の父親の関係者で、相手は僕の上司でもある。

その上司と、一気に仕事の話になってしまい、そこでその場が終わってしまったからだった。


 その人に会いに来たというよりは、上司に会いに来たという感じで終わった。


 仕事の事を考えながら、家を後にしたものの、その人の声で我に返った。


「書いたんです。手紙。」


息をきらしながら、その人はそれを渡してきた。


手紙をもらったのも驚きだったが、おしとやかな人だと思っていたのに走るんだな・・とも思い、その手紙を受け取った。


 その人が、あまりにも期待をこめたような目で僕の手もとを見るので、僕はちゃんとその人の前で中身を確認して読んであげなければいけないような気持ちになった。


大野麗子です。今日はありがとうございました。あなたの事も教えてください。とそこには書いてあった。


ありがとうございます。ととりあえず答えて、その場をあとにしたのだが。




 そして、今日。


仕事が終わって、夕食を済ませると僕は自室にこもり、その手紙の返事を考えないといけなかった。

まさか、こういったものをもらうとは思わなかったので、どうしたらいいか僕は戸惑っていた。


 結婚など、形式なものなだけだと思っていたのに、こんな形で女性と接するのは初めてだった。


 あなたの事を教えて下さい。だなんて。


 でも、将来結婚する予定の女性である。無視するわけにはいかないのだろう。


 僕は、学生時代使っていた筆記用具と便箋を出してきて、とりあえず思いつく返事を書く事にした。


 産まれた所・自宅の住所・学んだ小学校・中学校・今の仕事の事・・・・。


 自分の事を書ける安易で書きだしてみる。なんだかどこかに出す書類のようだった。


 手紙というのは、このようなやりとりだっただろうか。


 僕は何度も、自分がかいた手紙を読み返し・・・。とりあえず思いつかなかったので、使いの者にそれを託す事にした。



こうして。


僕たちの手紙のやり取りは始まったのだった。



それは。


とても刹那的な、幸せな時だったのかもしれない。



 

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