137 野洲河原の戦い
北に朝倉、西に浅井、南に六角。
いかに戦術を展開しようかと思いを巡らせていた時のことである。
「千草山中で殿を狙撃した者が分かりました。甲賀の忍び、杉谷善住坊にございます。鉄砲の名手で、三十メートル迄の距離であるならば、百発百中の達人と聞き及んでおります」
岐阜城の書院で、
「おそらく、六角から依頼されたものと思われます」
「権蔵、その善住坊とやらを、生きたまま捉えよ。われの怒りを世に知らしめねばならぬ」
「はっ」
「それにしても、甲賀の者どもは、われが朝倉、浅井に敗れたことを知って、豹変したのであるのか。目ざとい奴らだな」
「しかしながら、そのことは、殿が勝利者になれば、再び豹変するということで、ございましょう」
「ところで、そなた、体の方は大丈夫であるか」
「体が頑強であることが、取り得でございますので」
「カナデはいかがしておる」
「倅の子育てに夢中でございます」
ぼくは笑みを浮かべた。
「そなたの惣領は、いくつになった?」
「七歳にございます」
「名は何と申す?」
「権丸にございます」
「そうであるか。ならば、十歳になった時には、われの嫡男奇妙丸の小姓に取り立ててやろうではないか」
「はっ。有難き幸せ」
権蔵の顔に笑顔が零れた。
堺からの武器の調達を終えた木下秀吉が竹中半兵衛と共に岐阜城を訪れていた。大広間で、ぼくは半兵衛の提案を聞いている。美濃と近江の境目にある二つの城の調略である。
「鎌刃城主、堀秀村は厳父を終えたばかりの十五歳、長比城主樋口直房は、名の知れた知将、人望熱き人物にございます。この二つの城をわれらの味方とすれば、一挙に小谷城に迫れます」
「ウム……」
「まず、樋口殿を説き伏せます。彼とは
竹中半兵衛という軍師、まれにみる鬼才である。しかも人望に長け、人脈に通じている。
「半兵衛、すぐかかれ。われは軍勢を整える」
「はっ」
その時、忍びの者から柴田勝家が守る長光寺城が、六月四日六角親子に包囲されたという知らせが入った。
ぼくは腕を組み、暫く天井を見上げていた。
ここは後詰めに向かうのが定石である。だが現状はそれを許さない。
ここで救援に向かえば、わが軍は北から朝倉浅井連合軍に挟み打ちに会うことは必定。金ヶ崎の退き口の二の舞になる。
それと、もう一つ。半兵衛提案の秘策が宙に浮くことになる。
ここは、勝家と信定の運と知略に賭けねばなるまい。
「殿、策がございます」秀吉が言った。
「六角親子の居城である居城鯰江城を攻めまする。落とすことが目的ではございませぬ。六角を牽制するためでございますゆえ、五、六百の兵でこと足りるでございましょう。長光寺城の包囲を解かせるのが目的にございます」
「妙案だ。ただちにかかれっ」
「はっ」
秀吉の策が功を奏し、長光寺城の包囲は解かれた。
六月四日、勝家は城から討って出た。駆け付けた信定軍と共に、六角軍と激戦になった。
幾多の激戦で鍛え上げられた織田方の軍は、戦いが進むにつれ優位となっていき、六角方の三雲定持父子、高野瀬、水原、伊賀、甲賀衆七百名を、次々と討ち取っていく。やがて、六角方は総崩れとなり、六角親子は戦場を離脱、石部城へ逃れた。
この局面で、この勝利は大きかった。ぼくは勝家を呼び寄せ、直接感状を手渡した。
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