108 京への道


 北伊勢から岐阜城に戻った後、ぼくは軍の整備に専念していた。今や動員できる軍勢は五万を超えている。だが、その大半は織田の軍門に下った元敵兵にすぎない。いかに軍団を組織し、まとめ上げていくか、それが今大きな課題になっている。


 四月十六日、岐阜城のぼくの元に明智光秀から文が届いた。

 その文には、四月十五日足利義秋は朝倉義景が烏帽子親となって元服し、名を義昭と改めたと記されていた。


 即刻五人の仲間を書院に集めた。

 車座の中に、光秀からの書面を置いた。

「朝倉の魂胆は分からないが、義昭さまは京への準備を抜かりなく進めておる。われも、上洛の具体的な態勢を整えねばならぬ。思うことあらば、何でもいい、申してみよ」

 ぼくは五人の仲間にいつものように提案を促す。


「京への道でございますな」最初に太田牛一が口を開く。

「お市様の輿入れの件、いかがなっております?」

「浅井長政どのは、お市殿を気に入られ、正室に迎えたいとのことにございます。お市殿も、長政殿にまんざらでもないご様子。時は熟しつつあります」

 帰蝶が答えた。

「チョウよ、その話、進めてくれ。輿入れの支度は勝家に任せる。浅井家との交渉は今まで通り市橋長利いちはしながとしに任せることにする」


「そうしますと、残るは南近江の六角承禎ろっかくしょうていにございますな」 蜂須賀小六が渋い顔つきで呟く。

「畿内の三好三人衆と通じておりますからな。一筋縄にはいきますまい」


「南近江路の中山道は難儀にございます。東西にいくつもの支城を配置し、主城観音寺城には、強力な守城箕作城が控えております」

 木下藤吉郎が腕を組む。

「しからば、サル、調略でいくか? いつものように」

「とりあえずは」

 藤吉郎はそう言って屈託のない笑みを浮かべる。


「ところで、太田喜八はどうしておる?」

 喜八とは、信長の影武者である。桶狭間の戦いでは天晴な活躍をした人材だ。

「城下で、家族と共に商いをしております」

 帰蝶が答えた。

「うん」

 ぼくは頷く。


「吉乃が亡くなってから、皆が心配していた癲癇の発作は一度も起きていない。信長の体と魂は落ち着いているようだ。われは二重人格になることはあるまい。われのことは、帰蝶一人で十分だ。これから上洛に向けて内々に行うべきことが山ほどある。皆の者には、これまで以上に働いてもらわねばならない」


 五人の仲間の視線が一斉にぼくに向けられた。

「京に入り制圧、義昭さまには朝廷より将軍宣下を受け、第十五代将軍になっていただけなければならない。冬が来る前にだ」

「はっ」

 気合の入った返事が書院に木霊する。


「ウシよ、そなたには、浅井、朝倉、足利義昭さまの動静の調査。そして足利義昭さま受け入れの準備を行ってもらいたい」

「はっ」


「ハチよ、そなたには、軍団の整備を行ってもらいたい。とくに、美濃の降伏した者どもの編制、訓練に意を注ぐのだ。それから、家康と連絡をとり、加勢を促すのだ」

「はっ」


「サルよ、そなたは京に行き、情勢を探るのだ。京統治のかなめは何か、三好三人衆の動向、とくに六角親子との関りについては、綿密に調べるのだ」

「はっ」


「われは、京に向かう道筋の状況をこの目で調べる。イヌよ、われの供をせよ。権蔵と連絡をとり、準備をいたせ」

「はっ」


「そこでだ、チョウよ。喜八を呼び寄せよ。われが留守の間、われの代わりを務めさせるのだ。チョウには、彼の指導を頼む」

「お任せを」



 四月末、市は浅井長政の元へ輿入れしていった。

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