106 再び北伊勢侵攻(1) 高岡城、神戸城攻略


 夜半過ぎ、ぼくは五人の仲間、近衛兵と共に北伊勢の高岡城に到着した。二度目の北伊勢侵攻である。高岡城には、三万の兵が包囲している。そして残りの兵一万は、神戸城を包囲しているという。

 五人の仲間である太田牛一、前田利家、木下藤吉郎、蜂須賀小六、そして帰蝶はぼくがいつ癲癇を発症し暴れまくっても対処できるように片時も離れない。


 陣幕に入ってすぐ、ぼくは滝川一益たきがわかずまさから戦況を聞いた。三万の兵に包囲されても高田城の兵たちは意気盛んで、降伏を求めても和議は応ずる気配がないという。攻撃を受けるのを察知していたのか、昨年よりも強固な守りを備え、徹底抗戦の構えである。

「いかしかたあるまい」ぼくはそう言って、床几しょうぎから立ち上がった。

「明日、日の出とともに、総攻撃をかける」



 朝食を食べていると、一益が顔を出した。

「殿、総攻撃をかけます」

「うん」ぼくは頷く。

山路弾正やまじだんじょうに、思い知らせてやれ」

「はっ」


 昨年の八月には、高岡城を攻撃するも、山路弾正の策略もあって落とすことができず撤退したという苦い経験がある。二度目の今度は何も何でも落とさねばならない。

 総攻めは昼夜を問わず続けられた。


 一日、二日、三日と激戦が続いたが、高岡城を落とすことができなかった。そして、五日が経った。その夜、ぼくは陣屋に一益を呼び、五人の仲間と評定を開いた。

「一益、何故山路弾正は何故和議に応じぬ。どうもがいても、勝ち目のない戦ではないか」

「主家の神戸家に忠義を尽くしておりますゆえにございましょう。主家の神戸具盛かんべとももりは、神戸城に立て籠もり、迎撃の準備を整えております。しかるに、山路弾正は、高岡城にて、忠義を尽くし、討ち死に覚悟のものと思われます」

「ウム……。奴の面構えを見てみたいものだな」


「殿」牛一が声を上げた。

「神戸蔵人(具盛の通称)には一人姫がおるだけで、家督を継ぐ男子がいないそうでございます」

「ウム……」

「殿の血を受け継ぐ者との縁組にて、和平の道を切り開いては、如何かと」

「われの血を引継ぐ者? 誰のことを言っておる」

「三男の三七丸(信孝)さまでございますよ、殿」

 横から帰蝶が声を出した。

「三七丸か、いくつになった?」

「十一にございます」


「一益、どう考える? 山路弾正はのってくるか」

「当然のことですが、神戸家と姻戚関係になれば、身内同然。弓矢の争いは止め、神戸城は安泰といたすと申し添えれば、のってくるでありましょう」

「よし、山路弾正に使者をたてよ。われが文を書く」


 その日のうちに、山路弾正から返書が届いた。

 委細承知、主城神戸城を説得する、と。神戸城に出向く故、城の包囲を解かれよ、との内容であった。その書面には、弾正の安堵の色がにじみ出ていた。うまくいくかもしれない。ぼくは直ちに兵を引かせた。


 翌日の朝朝食をとっていると、一益が山路弾正からの返書を持って駆け込んできた。

 書面には、申し出の件、承知と記されていた。

「弾正の話では、あるじ蔵人は殿に面談の上、この件を書面にしたためたい、と申されているそうにございます」

「承知、と伝えよ」

「はっ」

「ウシよ、約定の準備をいたせ」

「畏まりました」



 翌日、ぼくは神戸城の大手門に向かった。

 すでに、大手門前には、平台ひらだいが組まれ、筆の用意がなされている。平台の横には、太田牛一がいて、ぼくに小さく頭を下げた。

 そして、その後ろに直垂ひたたれの正装姿の武将二人がぼくを見詰めている。

「右におるのが、山路弾正にございます。左が神戸蔵人にございます」

 一益がぼくの耳元で囁いた。


 まっすぐ平台に向かって歩いていった。

 ぼくも直垂の正装で丸腰である。神戸城から狙撃されたらひとたまりもない。それは、相手側も同じだ。ここは、山路弾正、神戸具盛(蔵人)との心理戦なのだ。


 平台の前に立つと、ぼくは神戸具盛(蔵人)に笑みを浮かべ床几に腰を落とした。彼も床几に腰かける。牛一がそれぞれの前に書面を置く。織田家神戸家における約定書だった。具盛が同意すれば、後は両者が花押を書くだけである。

 約定書の内容は、一つに両家の婚姻について、二つに両家の同盟締結についてであった。


 具盛は約定書に目を通すと、躊躇ためらいもなく筆をとり、花押を記した。ぼくも淡々と花押を記す。

「子細は、ここに控えし太田牛一がことを取り仕切ります。お見知りおきを」

「こちらは、山路弾正が仕切ります。よしなに」


 具盛は書面を持つと立ち上がり、ぼくに深く頭を下げた。

「尾張守どの、よろしくお願い奉る」

 ぼくもゆっくりと立ち上がった。

「こちらこそ。お願い奉る」


 ここに長居は無用だ。一刻も早く、次の手を打たねばならない。

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