105 お市と共に小谷城を訪れる
近江との国境で、ばくは本隊と別れ北近江の小谷城に向かった。
国境を一キロほど進んだ所で、小谷城の出迎えの兵が待っていた。その中に、先に遣わせていた市橋長利の姿もあった。
柴田勝家とお市、その従者。ぼくの五人の仲間太田牛一、蜂須賀小六、前田利家、木下藤吉郎秀吉、そして帰蝶。僕の精鋭三千の近衛兵を引き連れている。
北伊勢に向かった、四万弱の本隊の内一万の兵は近江国境に駐留させ、残りの兵は 高田城まで進軍し、ぼくの到着を待つことになっている。
ぼくは今夜中に、北伊勢に入るつもりである。
浅井長政と家臣団は、大手門まで出向けた。
「長政どの、湖(うみ)を見たいというので、わが妹市を連れてまいった」
ぼくはそう言って高笑いした。市はいちども琵琶湖を見たいと言ったことはない。勝家が苦笑している。
大広間で、早速、長政と同盟締結の談合に入った。
長政は緊張していた。彼の後ろには、古老の家臣団が大勢揃っている。
「長政どの、われの連れを紹介しよう」
ぼくは後ろに控える帰蝶とお市、勝家に手を向けた。
「われの妻、帰蝶にござる。あのマムシの道三の娘にござる。隣がわれの妹、市でござる。その隣が織田家筆頭家老柴田勝家にござる。それに一橋長利。その後ろに控えておる四名の者は、われの腹心の配下、太田牛一、蜂須賀小六、前田利家、木下藤吉郎秀吉でござる」
「信長どの、わが家臣を紹介いたす。われの後ろに控し三名の将は、浅井家の大黒柱でござる。海北綱親(かいほうつなちか)、赤尾清綱、雨森義貞(あめのもりきよさだ)にござる。その後ろに控えし者は、磯野員昌(かずまさ)、遠藤直経(なおつね)、阿閉貞征(あつじさだゆき)、宮部継潤、渡辺了(さとる)にござる。
「たしか、浅井家には、美濃より竹中半兵衛殿が客分として逗留されていると聞き及んでいるが、まことであるか」
「はぁ……」
「彼には、新加納で痛めつけられたでござる。しかし、振り返ってみると、実に見事な采配であった。一度会ってみたいものであるな」
「竹中は、わが領地、東浅井郡に逗留しております。明日にでも、会われますか」
「いや、同盟締結が終わり次第、われは北伊勢に向かわなばならぬ。残念では、あるが」
海北綱親が背後から長政に耳打ちすと、長政は頷いて何事か呟いた。
「今宵北近江の食材にて、酒宴を行いたいと思いますが、信長殿には、いかがでござるか」
「われは暗くならぬうちに、出立せねばならぬ。市と勝家、長利を残しますゆえ、よろしくお願いいたす。城外には五百の兵を残していきますゆえ、これも、よろしくお願いいたす。市には、明日にでも、湖(うみ)を見せてやってはくだされ」
「承知いたした」
長政は満面の笑みを浮かべた。
ぼくと長政は、尾張と近江両国の同盟締結の段取りに入った。同盟の書状は二枚牛一が作成していた。前もって取り交わしていた内容をしたためたものである。
ぼくは署名し、麒麟の花押を記した。
海北が長政の背後から耳打ちする。長政は頷いて、ぼくを見詰めた。
「信長どの、朝倉とのことが、記されておりませぬが」
「それは、約束通り、尾張に敵対せぬ限り、朝倉殿とは戦はいたしませぬ」
「それを、信長殿の自筆で、お書きくだされ」
長政はすがる眼差しで、ぼくを見詰める。
ぼくは牛一に目配せした。ぼくは書面には書き入れたくなかった。だが、やむをえまい。
牛一は筆と墨を持ってくる。ぼくはその場で、朝倉が敵対せぬ限り、戦はせぬ、と書き入れた。
ぼくと長政はそれぞれの書面を交換した。
膳が運ばれてくる。
ぼくと、帰蝶と、市と、勝家の前に置かれる。浅井の方は、長政と三人の将の前に置かれた。
「それでは、浅井家織田家同盟を祝して一献傾けたく存ずる」
長政は酒の盛った盃を手にした。ぼくも手にする。
「おめでとうございます」
一斉に声が上がった。ぼくは盃を飲み干す。
「ところで、長政どの、われが足利義秋さまを京にお連れするときは、同道してくださるか」
「勿論でござる」
長政は上機嫌であった。
浅井家の者どもは、市の美しさに見惚れている。市も長政にまんざらでもない感じである。このお見合い、うまくいくに違いない。
陽が西に傾くころ、ぼくは大手門を出た。
長政、市、勝家が見送りに出てくる。
「勝家、市を頼むぞ」
ぼくは馬上から声をかける。
「はっ」
門外には、騎馬七十騎と、近衛兵二千数百が待機している。
「信長殿」長政が声を上げた。
「そこに控えし者は、半兵衛にございます」
歩兵集団の前で跪いている者がいる。その武者が顔を上げた。細面の端正な顔をしている。
「竹中重治半兵衛にございまする。信長さまにはお初にお目にかかりまする」
「半兵衛、そうではあるまい。新加納では、戦を交えているではないか。われは、散々に痛めつけられたのだぞ」
「はっ……」
「半兵衛、そなたの采配、見事であった。まことに天晴である」
「恐れ入りまする」
「サル、前に出よ」
藤吉郎秀吉がぼくの横に並んだ。
「半兵衛、ここにおるのは、木下藤吉郎秀吉である。稲葉山の尾根伝いに、農民に松明に火を灯して歩かせ、そなたを新加納から引かせた者である。そなたに負けず劣らずの知恵者であるぞ。見知りおけ」
「はっ」
半兵衛は鋭い眼光で藤吉郎秀吉を見上げた。
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