102 北伊勢侵攻 北伊勢国人衆四十八家調略、楠城攻撃

 

 二月に入るとすぐに、滝川一益に四千の兵を与え、北伊勢に侵攻させた。軍には明智光秀、勝恵も同道させている。(北伊勢は現在の三重県桑名市、いなべ市、四日市に当たる)

 滝川軍は木曽川、揖斐川を渡り、河口三角州の長島を迂回して、桑名に入った。半月も経たぬうちに情報が届いた。勝恵の調略が功を奏し、たいした戦いもなく、国衆たちは滝川の軍門に下っていると言う。


 ぼくは小牧山城で美濃制圧の準備を進めていた。

 美濃、北伊勢を制圧し、上洛を果たすために、三万の強力な部隊を編制する必要があった。兵を搔き集め、武器を調達し、ひたすら軍事訓練に勤しんだ。


 四月に入って、北伊勢の豪族国人衆の多くを調略した、と一益から報告が届いた。桑名、朝明、員弁、三重などである。

 ぼくはただちに、降伏した国人衆に小牧山城に参集するように命じた。国人衆には人質を出す必要はなく、信長自ら安堵状を渡し、もてなすためだ、と申し添えた。


 十日後、北伊勢国人衆三十名が小牧山城に参集した。

 大広間には、四人の仲間が側面に控えている。国衆たちは、六名ずつ横並びで、五列になってぼくの来るのを待っていた。


 帰蝶を伴って入っていくと、すべての者が頭を垂れた。

 ぼくは立ったまま、ゆっくりと見回す。

「面を上げよ」

 全員が顔を上げ、ぼくを上目遣いに見詰めた。

「われは、尾張守織田信長である。このたびのそなたらの振る舞い天晴である。先に伝えおき次第のとおり、そなたら全員に安堵状を手渡すものとする。これより先は、織田軍団の一員として、日夜奮闘してもらいたい。決して、われの許しなく、互いに争ってはならぬ。しかと心得よ」

「ははっ」

 国衆全員が声を揃えた。


 太田牛一が声を張り上げた。

「これより、殿より安堵状と路銀十貫(百万円)を与える。名前を呼ばれた者より、殿の御前に進みでよ」

 ぼくは胡坐をかく。そして、牛一に目配せする。

 牛一は最初の国衆の名を読み上げた。


 

 その夜、ぼくは彼らを豪華な酒席でもてなした。一泊し、翌日北伊勢の領地に戻っていった。

 今回降伏しなかった国衆は、みせしめに徹底的な差別をしなければならない。人質を要求し、多額の矢銭を要求することにしよう。それが、ぼく信長のやり方だ。



 八月一日、美濃攻略の態勢が整った。

 光秀から西美濃三人衆の稲葉良通、安藤守就が降伏するとの報告が来た。だが、人質を出すのを難色を示しているという。恭順の意を示すには、人質を出すのが慣例である。

 稲葉安藤両名から人質を受け取るまでは降伏とは認めない、とぼくは光秀に伝えた。今まで、美濃に対しては辛酸をなめてきたのだ。


 ここは、二人に希望を断ち切るため、引導を渡さねばなるまい。

 ぼくは一益に北伊勢侵攻を続行するように命令した。


 一益の軍勢は織田軍四千に、新たに参入した北伊勢国衆軍二千を加え、六千になっていた。

 一方、ぼくは二万五千の大群を率いて木曽川を渡り、東美濃から稲葉山に迫った。稲葉山と尾根続きの端龍寺山を一気に攻め上がる。同時に、坂下の井口の町を焼き払って、稲葉山城を裸城にした。

 美濃の兵たちは、稲葉山城に閉じ籠った。

 

 一方、一益の働きはめざましかった。

 桑名を本陣として、多くの寺社仏閣、城郭を焼き払い、楠城(四日市)に迫っていた。

 楠城を落とせば、北伊勢は高岡城(鈴鹿)のみとなる。


 ぼくは一万五千の兵を稲葉山城包囲に残し、一万の兵を引き連れて北伊勢へ南下した。ぼくには帰蝶、太田牛一、蜂須賀小六、前田利家が随行している。木下藤吉郎秀吉には、引き続き美濃三人衆の動向を見張らせている。


 時間をかけずに、一挙に楠城、高岡城を手中に収める算段だった。


 楠城主楠貞孝は、二万に近い軍勢に対し反抗を続け、降伏する気配がなかった。一益は周辺の神社、諸城、田畑を焼き払い、野火のごとく楠城へ進行していく。


 赤堀、千草、稲生、宇野部ら、降伏していなかった北伊勢四十八家のほとんどの豪族国衆が、一戦も交えることなく我軍門に下っていく。楠城を目前にして、織田軍は膨大に膨れ上がった。


 桑名の本陣にいるぼくの許に、権蔵が駆けつけた。

「殿、長島の一向一揆衆に不穏な動きがあります」

「ウム……」

 ここで、一向一揆衆に北伊勢侵攻を邪魔されたくない。下手すると、泥沼に嵌ってしまう。どうするべきか。


「殿」帰蝶が耳元で囁いた。

「釘を一本刺しましょう、ここに」


 帰蝶は長島に近接する原野を指さした。

「ここを焼き払うのです。この地帯には人家がなく、人名が失われることはありますまい。長島から眺めれば、火の海に見えることでありましょう」

 まったく、帰蝶は正室のまま飾っておくのは、もったいない。惚れ惚れする軍師ぶりだ。

「ハチよ、陽が暮れたら、雑兵を引き連れて、ここ一帯を焼き払え。そして、長島の動きを見張るのだ」

「はっ」


 真夜中、ぼくは燃え上がる野火を左手に見ながら、一万の兵を率いて楠城に向かった。翌朝早朝には、丸裸となった城郭を二万を超える軍勢で完全に包囲した。

 楠城からの使者が、降伏状を持って現れた。

 ぼくは即座に受け入れた。織田の軍勢はさらに膨れ上がる。ぼくは笑いが止まらない。


 ぼくは二万数千の軍勢の前に立った。

 そして叫んだ。

「北伊勢制圧は目前である。残るは高岡城。一挙に攻め立てる。皆の者、手柄をたてよ。褒賞は思いのままである」

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