98 上洛の準備を進める 永禄九年(1566)


 翌年永禄九年二月半ば、権蔵から密書が届いた。

 二月十七日、覚慶が矢島御所にて還俗し足利義秋(義昭)と名乗ったという知らせである。

 ぼくは五人の仲間を集め、これからの対応について協議することにした。


 翌日、小牧山城書院に集まった五人の仲間に、覚慶が還俗し足利義秋と名乗ったことを伝えた。

「これから、上洛に向かってわれらはどう行動すべきか、皆の考えを申してみよ」

 最初に口を開いたのは、蜂須賀小六であった。

「京に上るには、関ヶ原を通らねばなりませぬ。そのためには美濃との折り合いをつけねばなりませぬ。攻め落とすか、和議を結ぶかでございます」

「義秋には仲介の労を頼んでいるが、まだ、承諾の知らせは届いてはおらぬ。おそらく、足利の名でその労をとりたいのであろう」


「もうひとつは、北伊勢になりますな」帰蝶が言った。

「あの地は美濃と国境を接しておりますので、なにかと厄介でございます。北伊勢四十八家と呼ばれる豪族が割拠しております。この勢力は自立意識が強く、落とすのは簡単ではありませぬ。それに、長島には、本願寺の影響のもと、一向一揆国を形成しております。策なく進入するのは、蜂の巣を突くようなもの、まして美濃と同盟を結ばれてしまえば、ただごとでは済みませぬ」


 家康が三河一向一揆に散々な目にあっていたのを思い出した。

 二の舞は踏まぬ。


「美濃とのことは、義秋の知らせを待つことにしよう。だが、場合によっては、攻め落とさねばならぬことも考えておかねばならぬ。北伊勢は上洛のためには、ぜひとも抑えておかなければならぬ地だ。臨機応変に、しかも慎重に対応することにしよう」


「殿、武田勝頼殿との縁組にございますが、よきおなごがみつかりましたでござる」太田牛一(信定)が笑顔で言った。

「遠山直廉(なおかど)殿の一人娘にございます。母に似て美しき姫君にございます」

「われの妹の娘か、われの姪であるな。それはよい知らせだ。ウシよでかしたぞ」


 遠山直廉は、桶狭間の戦いでは、織田方として参戦している。武田家にも織田家にも組する人物である。

「ウシよ、その縁談すすめよ」

「遠山殿の力添えを得て、進めてまいります」


「殿、姫君五徳と家康殿嫡男信康殿との婚儀が、三か月後に迫っております。母君の吉乃殿も、さぞかしお悦びの事か、と存じます」

「そうであった。五徳のことは、チョウよ、そなたに任せる。よろしく頼むぞ」

「畏まりました」


「もうひとつ、気懸りなことが……」

 小六が口籠った。

「なんだ、はっきり申してみよ」

「仄聞するところによりますと、三好三人衆が足利義冬の嫡男義勝(義栄)殿を、次期将軍に擁立しようとしていると、か」

「義勝? 聞いたことのない名だな」

「義秋さまの従兄弟にございます」

「ウム……」

「これからは、京をはじめとした機内の動向を正確に把握していかねば、墓穴を掘ることになります」

 帰蝶が呟く。


「サルよ、そなたは、京に上り、一益と共に動向を探るのだ。権蔵を使っていいぞ」

「はっ」


「ところで、勝家はどうしておる」

「殿の下知がないため、末盛城に籠ったままでございます」

 前田利家が答えた。

「殿からの許しを得たものの、殿の前に参上し辛いのでございましょう」

 帰蝶が口添えする。

 利家は五人の仲間以外でぼくと六天魔王との関りを知っているただ一人の人物だ。彼は一言も、ぼくの秘密をもらしてはいない。誠実な男だ。小牧山城の築城の時には、大いに貢献した。末盛城に腐らせておくのはもったいない。


「イヌよ、末盛城に行き、われの許に参上せよと伝えよ。われの奉行の一人に加える。彼には、畿内平定に活躍してもらわねばならぬ」

「畏まりました。直ちに」


「これから、われらは上洛に向けて、協力し、全力を挙げる。さすれば、本能寺に向けて、一歩歴史が前進するではないか。それに、待ちに待った、明智光秀に会うことができる」

 そう言って、ぼくは一同を見回した。



 三月に入って、義秋から書状が届いた。

 尾張と美濃との和睦を進めるため、細川藤孝を稲葉山城に向かわせた、という内容であった。その文面には、朝廷への寄進を求める内容を滲ませてあった。将軍職に就くためには、朝廷からの将軍宣下が必要だからである。


 ぼくは帰蝶に、朝廷に献上する馬と太刀、銭三十貫(約三百万円)を用意するように言った。藤吉郎秀吉には、藤孝らと連絡をとり、義秋の名で朝廷に献上するよう手筈をとることを命じた。


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