62 帰蝶の提案


「わたしが、兄に会ってまいりましょうか」

 帰蝶が言った。

 ぼくと帰蝶は、庭に面した縁側で茶を飲んでいた。

 道三のいない今、義龍が実の兄とはいえ、帰蝶が美濃に行くのは危険だ。ぼくは茶碗を両手にして天を仰いだ。


「わたしが、心配なのは生駒屋敷の吉乃殿、それから、奇妙丸(信忠)、茶筅丸(信雄)、登久姫(徳姫)ら、子供たちです。生駒屋敷は犬山城の支配下にあります。いつ危難に会うやもしれませぬ」

「それは、そうだが……」

「殿、奇妙丸をわたしの子に迎えましょう」

「そなたの養子にすると、いうのか」

「はい。清州に迎えるのです」


「チョウよ、仲間を広間に呼んでくれ」


 ぼくは美濃の絵図面を持って広間に入った。

 五人は既に車座になっていた。ぼくもその中に加わる。

 真ん中に絵図面を広げる。


「これからの、美濃対策について相談したい」ぼくが口火を切った。

「まず、第一は犬山城だ。このまま放置できぬ」


「謀反は、明らかでありますが、証拠がありませぬ。問い質しても、しらを切るでありましょう」太田信定が鼻を擦りながら言う。

「浮野の戦いで、上四郡を信清殿に任せると、殿が信清さまに約束されましたが、その約束、反故にされております」


 信定、痛いところを突く。

「われが、心配しておるのは、生駒屋敷の吉乃と子供たちだ。大事に至らぬうちに手を打たねばならぬ。サルとハチは、兵二百を率いて、生駒屋敷に入るのだ。信清への、牽制になるであろう。いますぐ、行けるか」

「はっ」

 二人は同時に答える。


「われが、吉乃に書面を書く。ハチはそれを、吉乃に渡すのだ。チョウが、奇妙丸を養子に迎える。奇妙丸を、われの跡取りにする。ハチはただちに奇妙丸を清州に連れてまいれ」

「承知」

「サル、おまえは吉乃とこどもたちを頼む。犬山城に不穏な動きあらば、ただちにわれに知らせるのだ」

「畏まりました」


「さて、これから、美濃にどう対処する」

 ぼくはそう言って、皆を見回す。

「西美濃攻略は、後回しにいいたしましょう」信定はそう言ってぼくに笑みを浮かべた。

「中美濃は、小高い山に囲まれた加茂野盆地、木曽川支流の地です。ここには、土岐守護の時代からの豪族が支配しております。皆一国一城の気概を持った者たちの地。西美濃より、数段攻略しやすく思われます」


「ここは、調略と武力を天秤にかけて、じわじわと、攻めたてましょう」

 帰蝶が賛成した。

「時が、われらに、味方するでありましょう」

 藤吉郎も同意した。


 ぼくは絵地図を指さした。

「ウシよ、美濃の詳細な勢力分布図を作ってくれ。われの配下の素っ破をすべて動員してもよい。配下の武将、農民たちの生活も綿密に調べ上げるのだ。具体的な作戦は、それからだ」

「承知」

 信定はそう言って、絵地図を手にした。

「殿、この絵地図、お借りしてよろしいですか」

「おまえにくれてやる。好きに使え}

「はっ」


「ほかに、何かあるか」

「殿、三河でございますが」前田利家が言った。

「松平と、今川の仲が、うまくいっておりませぬ。このままでは、元康さまが、窮地に立たされるやもしれませぬ」

「どういう、ことだ」


「今川方に、松平が裏切ったという風聞が立っております。松平方にも、反織田勢力がおりまして、何が起きるか、心配でございます」

「ウム……」

「いかがいたしますか」

「イヌよ、カナデを連れて、岡崎に行ってまいれ。元康の忍び、又造と申したな、その者と接触し、元康の真意を確かめてまいれ」

「はっ」

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