46 なにがなんでも義元を激怒させる その策を考えよ
砦建設を開始して九日目の四月三十日、善照寺砦の外構の一部を除いて、五つの砦はほぼ完成した。
この九日間、小競り合いがあったものの、大高城、鳴海城からの本格的な攻撃はなかった。
砦建設で分かったことがある。今川方の将兵は、今川義元の正式な命令がなければ兵を上げないということだ。
大高城、鳴海城が行動を起こさなかったのは、松平元康の働きがあったのかもしれない。だが、何と言っても、両城が封鎖されていて、義元と情報の交流が出来なかったことが主因であろう。
敵将を感情的な局面に追い込めば、冷静な判断を失わせることが可能となるであろう。
命令系統がとれていると言えば聞こえがいいが、局面の変化に対応できる柔軟性に欠け、硬直した組織態勢と言われても仕方あるまい。今川軍を巨象に例えれば、われら尾張の軍団は飢えた牙鋭い群狼集団である。
今川義元を桶狭間に誘き出す計画の第一段階が終了した。
これで、義元は大高、鳴海城の封鎖を解き、物資の搬入をせざるをえなくなったであろう。だが、これだけでは義元本人が出陣してくるとは限らない。確実に、義元を誘き出すにはどうしたらいいか。
丸根砦に、ぼくは藤吉郎、利家、小六、信定を集めた。この四人の他に、鷲津砦の将飯尾定宗、丸根砦の将佐久間盛重も加えた。ぼくはこの二人の将と、その部下を失いたくなかった。松平元康と密議を交わしたのもそのためだ。
「義元を桶狭間に誘き出す策を申してみよ」
いつものように車座になって、ぼくは四人の仲間に尋ねた。最初に答えたのは、信定だった。
「殿が申されたように、義元を徹底的に馬鹿にするのが、一番効果的だと思われます。戦国大名の権威と誇りをずたずたにしてやりましょう」
「それに、異存はありませぬ」小六が答えた。
「問題は、具体的にどのような策をとるか」
「家臣や、同盟軍との信頼関係を失わせるに、十分な策を考えなければなりません。そのためには、三河か、遠江の地まで侵攻し、義元の面子を叩き潰さねばなりますまい」
藤吉郎が腕を組んで言った。
「それならば、三河の吉良の地が最適かと」
利家がそう言ってにやりと笑った。
ぼくは大きく頷いた。
四年前の1556年、ぼくは三河守護吉良義昭を救援し、三河野寺原、荒川城の戦いにおいて、三河に侵攻したことがある。(第三章25,26,27)
その戦において、今川軍に矢作川を渡らせ、野寺原に誘きよせたのは、利家である。
確かに、三河の吉良の地は、われらに土地勘がある。しかも五つの砦を築いたので、支障なく三河の地に入ることができし、距離的にも近く撤退もしやすい。
なによりも、吉良義昭の支配地であることが、意味を持つ。今川義元の支配下に入っていると言え、腐っても三河の守護である。これを叩けば、義元、面子丸潰れであろう。
それに、ぼくには少なからず義昭には許せぬ因縁がある。ぼくが義昭を助けて今川と戦い、居城である西条城に戻したという経緯がある。それにもかかわらず、義昭はぼくを裏切り、今川方に寝返ったのだ。吉良の地攻撃には、大儀名分がある。臆することはない。堂々と行えばいいのだ。
「よかろう。攻撃は、三河吉良の地にする。短時間で、城下を焼き払うだけでいいであろう。皆の意見はどうだ」
「承知」
藤吉郎、利家、小六、定信が同意する。
「殿」藤吉郎が再びにやりと笑って言った。
「帰りの道々に、ふれ看板を立てていきましょう。例えば、臆病者義元。危険な戦は部下任せ、自分は館で怯えている、とか、罵詈雑言を書きまくります」
藤吉郎らしい。これでは、義元大激怒するであろう。
「サルよ、おまえに任せる」
「ははぁ」
「直ちに、三河吉良の地攻撃の手配をせよ。整い次第、攻撃を開始する。清州からの距離、六十キロ。段取りを手抜かりなく進めよ」
ぼくの命に、四人の仲間は、丸根砦を去って行った。
「佐久間盛重、飯尾定宗、聞いておったであろう。まもなく、今川との戦になる。その最前線となるのは、丸根砦と鷲津砦である。われは、そなたたちを失いたくない。われに策があるゆえ、戦の前日に、その策を伝える。機敏に行動をとれるように、抜かりなく準備をしておれ」
二人は深く頭を垂れた。
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