第7話 変態同盟
夕焼けの斜陽が差し込む教室。
誰もいない奇妙な静けさ。
そして、その場所を形成する二人の登場人物。
まさにそれは、放課後のシチュエーションにふさわしい状況、なのだが……。
目の前の彼女――御手洗天音を見て僕は唖然とする。
御手洗が服を着ていなくて、誰か知らない男子と合体していて、見つかって「あ、やっちゃった」みたいな表情をしてくれた方が遥かにマシな状況だったかもしれない。
でも、それは違くて――。
「――遅かったですね、甲賀君」
彼女は服を着ていて、それどころか彼女自身は何もやましい事なんかなくて。
ただ彼女の右手が持つスマホが、ただ一つの僕の疚しさを映し出していた。
『はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……いっぱい出たね』
女優が男優の出したコンドームを光悦と眺めるそのシーンには幾度となく見覚えがある。
何度も、何千回も、絶頂に至った後に見た映像だったから。
「ぼ、僕のスマホ、なに勝手に触ってんだよ!」
彼女の白く細い手からスマホを奪い返す。直ぐに動画を停止させ、ポケットへと閉まった。
「あぁもう、乱暴なんだからっ……」
あぁ、今のこの御手洗のこの顔。
あの時、初めてこいつと出会ったあの変態的な表情まんまだった。
「甲賀君、こんなのスマホに入れてるですね」
「そ、そうだよ。悪いか、僕だって男なんだ」
「ふーん、でもその中身、エッチな動画、画像、アニメ、ゲームまで上手く切り抜きにされて凄い量入ってましたね。自分でやったんですか?」
「お、お前なに勝手に人のスマホ見てんだよ!」
「別にいいでしょう、あなただって私の裸見たんだし」
「……っ!」
やっぱりこいつ僕の事覚えてやがった。というか自らあの時の事を話題に出してくるなんて、余程つついてもらいたかったらしい。
「お前……やっぱりあの時の露出狂だったんだな」
「えぇ、露出狂です。私誰かに裸を隅々まで見られると興奮するんです」
「変態だな」
「あなたも大概じゃないですか?」
スマホの中身を見られてしまっては何も言い返す事は出来ない。それくらいこの小さな箱には僕の秘匿すべき性癖と日常が詰まっている。
ただ御手洗がどこまで見たのか、あるいは深淵を除いたのか覗いてないのか確かめる必要がある。
「このスマホにはお前が見た通り、エロコンテンツしかほぼ入ってねーよ。思春期の男子なんだから別に変な事じゃないだろ」
「そうですね、私も自分が野外で露出した写真を五百枚以上はスマホに入れてるもの。何もおかしな事ではないでしょう」
…………。
いや、こいつヤバいだろ。マジもんのド変態じゃねーか。
「欲しいですか?」
「いるか!」
「オカズしてくれたってかまわないのに……」
どうやらこの反応を見るに深淵は見ていないらしい、とりあえず安堵した。
「僕はお前じゃ勃たない。現にお前の裸を見た時に下半身は反応してなかっただろ」
「……確かにそうですね。じゃあ――」
御手洗は一気に詰め寄り魅惑的な身体が制服越しでこすれ合う。ほんのりと甘い香りが鼻孔をくすぐり意識を持っていかれそうになる。
スリスリ。スリスリ。
「ど、どうですか私の身体っ……触りたいでしょ? メチャクチャにしたいでしょ? いいんですよ……ほら……」
ハァハァと、御手洗は頬を紅潮させて密着する事五秒間。
きっと男子なら夢の様な時間だっただろう。
だがしかし。
「……本当に反応してないですね」
「僕くらいになると特殊な訓練を受けてるからな」
それでも下半身は上にも下にも斜めにも向く事は無く、ただ通常の柔らかさを維持していた。
「分かったなら離れろ、暑い」
「いやん」
纏わりついた御手洗を無理やり引きはがし、再び一定の距離で向かい合う。
「ともかく今日ここであった事、あの日あった事はもうお互いに忘れよう」
「どうしてですか?」
「どうしてって、当たり前だろ。お互い普通の学生生活を営むにおいて何もメリットを持たない。お前も教室の様子を見る限り普通に生活したいとは思ってるんだろ」
「……そうですね」
ここは素直に頷いてくれて助かった。どうやら御手洗自身も自分の性癖を公にする気はないらしかった。
だが。
「お互いに忘れる、というのは信用できないですね」
「……は?」
「そもそも口約束で何を守れるというんですか? あなたがもしかしたらどこかで言いふらすかもしれないじゃないですか」
「そんな気は毛頭ない。現に今日だって誰にも言わなかっただろ」
「それは今日だけの話でしょう? この先に何かの弾みで私の事をうっかり吐露してしまう可能性だってあるかもしれないじゃないですか」
「いや、流石にそれは……。逆にお前は僕の性癖を何かの弾みで喋っちゃう可能性があるって言うのかよ」
「えぇ、間違いなくあります!」
そんな自信満々に断言されても……。
だが、これでは話が一向に収束しない。一体この露出魔はどうしろというのか。
「――同盟を交わしましょう」
「ど、同盟?」
「変態同盟です」
「なにそのひねりもくそもない同盟……」
「ひねりがないからこそ信用性が生まれるでしょう」
うーんそんなもんですかね、僕には露出狂の価値判断がよく分かりません。
「それで、同盟って具体的になんなんだよ。誓約書でも書かせるのか?」
「違います。身体で等価交換しましょうって話ですよ」
「はぁ?」
ますます意味が分からんこの女。身体で等価交換ってなんだよ。
「お互いがお互いの秘密を黙する――その代わりにお互いがお互いの身体を好きにしていいという変態的な同盟です」
「……それ、僕に何のメリットがあるの?」
「そこのスマホに入っているような画面越しの女性の身体ではなく、生身の女性の身体を好きにできるんですよ? メリットしかないじゃないですか」
彼女がどんな変態でも、魅力的な女子なのは認めざる得ない。
だが、僕は間違いなく御手洗では勃つ事は無いだろう。
「逆に考えて御手洗は……僕の身体を好き勝手出来るって事か?」
「はい、甲賀君の身体を開発しちゃいます」
「開発ねぇ……」
正直、僕には彼女で興奮する事も開発される事も絶対ないと断言できる。
後はお互いの秘匿を黙っているという事が自動継続されるだけ。
だったらこの同盟、いや勝負……乗ってみて悪いものではないじゃないんだろうか。
「よし、いいぞ。その同盟乗った」
「随分と余裕ですが大丈夫ですか? 開発されてしまうんですよ?」
「さっきも言った通り、僕は特殊な訓練を受けてるからな。お前に開発されることも、発情する事も絶対に無い」
「ふふふっ、今に見ててくださいよ。私を見ただけで「射〇させてください」、って言わせる位、骨抜きにしてあげますからね」
「望むところだ、露出狂」
「えぇ、覚悟してください。変態さん」
そう、どこか愉快そうにして言い向ける御手洗。
もしかしてこっちが素なのかと思うと、彼女もまた僕と同じ性癖をひた隠す変態なのかもしれない。
差し込んだ夕焼けの斜陽がいつの間にか落ち切り、薄暗くなった教室。
エロゲだったらここから次の盛り場へと向かう展開……なのだが。
ここにいた二人の男女は互いの変態性を認め合い、同盟を結ぶという最低な展開へと向かっていくのだった。
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