第6話 スマホを取りに

 よしよしよしっ。なんとかうまく溶け込めているぞ。さっきも数人と言葉を交わしたし、俺の高校生活は間違いなく地に着いた歩き方は出来ているはずだ。


 そう、思っていたが……。


「なっ、ない!」


 事件はポケットに手を入れスマホで時間を確認しようと思った時に起こった。


 ここで俺、スマホが無い事に気が付く。


 どーしたんだっけと、思考を巡らせてみる。


 そういや、スマホを最後に触ったのは教室だった。


 それで担任が来て、授業中は使用禁止と言われて……あぁそうだ、その時に咄嗟に机の中に入れたんだ。


 流石にスマホが無いのは、現代社会を生きる人間にとって死活問題。


 それにあの中身は、個人情報や連絡先は家族のものしかないものの、見られて困るものしか入っていない。


 で、あれば俺の選ぶ選択肢は一つだった。


「ご、ごめんスマホ学校に忘れちゃったみたいで、取りに戻るわ」


 談笑中のツインテ女子……響の元へ向かい、申し訳なさそうにその旨を伝えた。


「りょーかい。駅前のカラオケ店にいるので、着いたら教えてねー!」


 と、渡された小さな紙は彼女のSNSのID。


 人生で生まれて初めての家族以外からの異性のライン。不意な形だったが、今にも躍り出しそうになってしまった。


 集団に踵を返し、再び学校向かった。


 ◇


 最終下校時刻は確か六時だと聞いたので、まだ余裕はある。


 校門に着き、どこからか聞こえてくる先輩方の声出しを肌で受け流しながら、昇降口に入った。


 一学年のフロアに着き、教室へと向かう。ほとんどが帰宅したのは人気は無く、自身の歩く音だけが廊下に響く。


「なんかこういうの特別感あるよな」


 エロゲの大イベントである放課後エッチが行われるとしたら、今が恐らくそうなのだろう。


 夕焼けに照らされる教室、運動部の掛け声、二人の嬌声、混じり合う汗。


 二人は背徳感を感じ、更に己を高揚させる。


「……ふへへ」


 いや、ほんと最高のシチュエーションじゃん。今ならこの場を借りて、妄想だけでしごけそうだった。


「って、いかんいかん今はスマホを取りに来たんだろ」


 正気に戻し、歩みを進める。いくつかの教室を覗いてみたが、今のところ人っ子一人見当たらない。


 マジでやってもバレないんじゃね? 


 ……なんて、バカみたい事を考えていると。


「あんっ……ふぅん……、あぁん……!」


 バカみたいにエロい声がかすかに伝って耳へ届く。


 いや、え、嘘だろおい。


 入学早々そんなに頭おかしい奴いるの?


 歩みを進めるたびに、益々嬌声は大きくなっていき――。


「……うちの教室から聞こえてきてる」


 事実は小説よりも奇なりというがまさかまさかの展開。


 まさかうちのクラスの生徒が?


 耳を澄ましてみると。


「いやぁ、激しいぃ……うふぅん……! おち〇ぽおおきいよぉ!」


 合体までしてる!?


 嘘だろ嘘だろ、これが噂に聞くリアルエロゲシチュエーションですか?


 というかこの声……どこかで聞き覚えがあるような……。


 気配を殺し、忍び足でゆっくりと、ゆっくりと床を踏む。


 一歩、また一歩と近づくたび、艶声は勢いを増していく。


 共鳴すように、爆上がりの体温と滝のような汗。


 今まで、今まではこんな事は無かったはずなのに。


 なんで、僕は現実リアルで興奮しているんだ?


 あぁ、もうだめだ。


 見たい、見たい。


 見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい。


「あぁん……! ダメっ……! もうっ……い、くぅうううううううう!!!!」


 クライマックスと同時に、制御の聞かない身体は吸い込まれるようにして教室へ誘われる。


 そして、そこにあったのは。


 一人の変態と、また一人の変態が本当の意味で対峙するワンシーンだった。

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