第17話
「えー、古代から現代に至るまで、はっきりとした答えが出ていないし、格学者、研究者によって諸説もたくさんありますが」
教師然としたジゼッラ──否、ノエルだった──がどこから出したのか、眼鏡をかけて、そのつるを押し上げた。
空き教室の一室に防音の魔術を張り巡らせたのは彼女だった。
「古くから生物は魂と魂の入れ物の器、それら二つを繋ぐ精神からなる、というのがとりあえずの定説として広がっています」
「とりあえずなあ」
「観測方法もこれだ! っていうのがないみたいですしねー」
疲労を感じながら頭を掻いた俺にインニェル──
「研究者に死霊術師も多かった関係で排斥運動の一貫で消失したり、禁書扱いになったり、で研究が進まなかった、後退した、っていうのも大きいでしょうね。現代でも不人気みたいだし」
「まあ、金になる職じゃねえよなあ」
「ですよねえ。商売にしようにもいろいろ禁忌に触れかねない、というか触れまくりでしょうから……」
「一部の宗教と相性が悪すぎてドンパチに発展したりね……。逆に研究がまだ続いているほうが不思議に思えてきたわ」
「まったくだな」
三人で頷きあう。ノエルが咳払いをした。
「ええと、話を元に戻すわね。私は専門で研究していた訳じゃないし、又聞きもいいところなんだけれど……。
人が死んだら魂はどうなるのか? 器である肉体はもちろん
俺は授業に熱心な生徒のように手を挙げて答えた。
「肉体に残って共に滅ぶと主張する者も、魂だけ天に昇るとも主張する者もいた」
「そうね。一般人はだいたい故人の魂は善人は御空へ、悪人は地の底へ引き摺り込まれる、というのが共通認識ね」
「その辺りは教義によっても様々ですよね。天へ昇って面白おかしく暮らしてる、とか輪廻転生する、とか」
「前世での記憶があるあたし達の場合は輪廻転生したかも? なんだけど」
「輪廻転生は記憶が漂白されるはず、なんだよな」
「そうそう」
「そう言われてますね。私達は前世をばっちり覚えてた訳ですけど」
「まあ、俺らの魂が本当に同一とは限ら……」
「同一よ」
ない訳だが、という言葉はノエルに遮られた。ジト目で見れば視線が逸らされる。
「……お前はいつの間にさあ……」
「んっんー! 細かいことはいいでしょ、言いっこなしよ。
とにかく魂と精神と肉体に別れているとされている。記憶されるのは脳なんだから普通は死んで肉体が滅べば記憶も共に滅ぶはず、と言われていた……のだけれど」
「精神や魂に刻まれていた、または刻み込まれてしまったから前世を覚えているのかも、という論文はありましたね」
「あー、なーる……。確かに俺らの前世は強烈だしな……」
「魔術を駆使して他人に記憶を継承して、擬似的な不死性を獲得しようとしていた輩もいたわね」
「あれ、失敗したって聞きましたけど」
「失敗させたんだよ。子どもを拉致して実験台にしてたから、討伐命令が出てな」
「そうだったんですね」
「で、こいつの場合は?」
俺達は猿轡を噛まされ、両手両足を拘束され、床に転がっている元神父を見下ろした。俺が殴ってぐちゃぐちゃにした身体の傷はヨンナが治療し、綺麗さっぱり消えている。
「妄執百パーセント、って感じね。魂に刻まれた……刻んだのかしら、とにかく執着に精神が汚染されていて、それ故に魂も汚染されかかっている、が正解に近いのかしら。
少し前まではちゃんと今世の人格──ティモテース・ラーエマーケルスとして生活してみたいね。夢を介してじわじわ汚染していったんでしょう」
小さく付け加えられたカスが、というノエルの呟きにヨンナが大きく同意した。
「ですね。ラーエマーケルスの同期にも確認を取りましたが、知らないはずのことを知っていたり、人が変わったような発言をして、少しずつ様子がおかしくなっていたようです。近頃は夢見が悪い、と医務室に相談しようとしていたそうです」
「アンタの王子キャラ、便利よね。ちょっと話しかけるだけで女生徒が聞いてないことまで教えてくれるんだから」
「はい! さすがはスピリドンさんですよね!」
「……俺、あんな王子キャラをやった覚えがないんだが」
「……思い出補正ってやつよ」
「なんで眼ェ逸らした? 俺の眼を見てもう一回言ってみ?」
「コホン。とにかくラーエマーケルス君を元に戻すには浄化が必要よ」
「教義によっては除霊とも言いますね」
「やっぱゴースト系って厄介だよな」
「まったくね」
「ちゃっちゃと
浄化と聞いた元神父が釣り上げられた海老のようにじったんばったんと暴れたが、構わずノエルは大股に歩み寄っていった。
「どうする? どう殺る?」
「どうせなら最っ高に痛いやつやりましょうよ。前世の腹癒せにエグいやつ」
「魔術って驚くくらいエグいのあるよな」
「魔術だからエグいってことはないわね」
「そうですよねぇ。わりとどんな術法でもグロい、痛い、キツいのは存在しますもん」
「なんでだろうな……」
「世界の理ってやつかしらね?」
「ヤな理だな……」
「誰にでもありますよね、嫌いな奴に
「あ、術の発動条件とかじゃねえのか」
「それもあったりするけどねー」
えいっ、とノエルが足を振り抜いて、蹴飛ばされたラーエマーケルス――もとい、元神父が呻き声を上げる。
「はあ……。そうは言っても、やっぱり現代に生きる一般人に非道なことはしちゃダメよねぇ……」
「そーですよねぇ……。嫌な思いをさせようにもこのクズ、狂いすぎてまったく意味がありませんし」
「拷問しても無駄っぽいんだよな」
「そもそも話が通じないのよね」
「言葉が通じているのかすら怪しいですよね」
俺達は一様に大きくため息を吐いた。背だって丸まる。
「結論。さっさと滅ぼしましょう」
「賛成」
「賛成です」
「はぁ……。コイツのためにする何もかもが面倒臭い……」
「それな」
「転生するのは勝手にすればいいですけど、私たちのいないところでして欲しいです」
「本当それ。ま、今後コイツに煩わされないと思えば、うん。つまりは俺らのためだ。
「ええ……!」
「はい……!」
俺達は決意を新たに頷き合った。
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