第18話
ノエルが常備しているという薬品を激落ち君にポイポイと足していく。それにヨンナが魔術を重ねがけして強化を施す。
うむ。臭い、色共にヤバい激落ち君改が出来上がった。もう激染め君とか激! 侵食君といった塩梅だろ、これ。
「お前の薬作りの腕は信用してるけど、相変わらずヤッバイ色のを作り上げるよなぁ……」
「使う相手への配慮を投げ捨てればこんなもんよ。
効き目は抜群でも、見た目や臭いがダメで使いたくない、って人は多いから」
「みんなよっぽど切羽詰まってないとジゼッラさんの薬を飲まなかったですもんね。ノエルさんの作る薬を初めて見たときはあんまりにも普通でびっくりしましたもん!」
「あたしだって授業でぐらい使う側に配慮した薬ぐらい作れるわよ! 全人類スピリドンを見習えってーのよ、どんなヤバそうな見た目の薬でも効けばいいって一気飲みしてくれてたわよ!」
ノエルが怒りに任せてバケツ一杯、並々と入っていた激落ち君改を元神父、もといラーマエラーケルス君にぶっかけた。ちょっとした焚き火よりひどい煙と断末魔とが上がったが、うるさいので無視。
「俺だって好きで飲んでた訳じゃねえけども……。効果重視だったからな……」
今思い出しても震えがくるぜ……。あのエグ味と苦味と塩味の後にくるほのかで嫌な甘みと臭み……。魔族討伐に思考が染まり切っていたからこそ成せた芸当だ。もうできる気がしねえし、やる気もねえ。現代の効き目が高くて美味しい薬バンザイ! 薬師の皆様、弛まぬ研鑽をありがとう!
しばらくしゅうしゅうと煙を出して小刻みに震えていたラーマエラーケルス君の体から上る煙と震えがなくなったのを確認して俺達は頷き合った。
ノエルが瞳孔と呼吸を、ヨンナが脈を確認し、命に別状はないと判断したラーマエラーケルス君を医務室に連れて行った。もちろん回復魔術をかけて擦り傷ひとつない体にしてだ。服だって完璧に乾かした。
話していたら急に倒れた、痙攣や発熱はなかったからまず周囲に同級生に確認しに行った、夢見が悪かったらしい、小一時間様子を見ていたがまだ目覚めなかったために連れてきた、と言い添えて置いてきたが、誤魔化し切れたかは分からない。それでも保険医は何も言わなかったので、俺達は胸を撫で下ろした。
リカルダのこれからを思えば要らぬ疑惑などかけられないほうがいいからな。
これでもうあのクズに煩わされないと思うと気分が清々しいな! 決意通りたっぷり殴ったことだし、もうあいつのことはスッパリと忘れよう!
日はたっぷりと沈んで、夕飯の時間も過ぎていた。安心したら腹が減っていたことに気付いて、同時に腹を鳴らした俺達は揃って笑い合った。
寮の違うヨンナがいるので、寮ではなく学園の食堂で遅い夕食を取ることにした。
「二人には迷惑をかけたな。俺の奢りだ、たらふく食ってくれ」
「太っ腹じゃなーい。食堂は
「リカルダのお金を勝手に使っちゃダメですよー」
旅をしていた頃のようなやり取りに俺達は再び笑い合った。
頼んだメニューは三人とも一緒で、サラダと鶏肉山盛りプレートだ。俺としては腹が減っていたし、がっつりしたものを食べたかったのだが、ノエルとヨンナにこんな時間にガッツリ食べようとするな、乙女心が分かってない、これだからスピリドンは、と止められた。
俺だって一応十余年女としてやってきたリカルダと意識をほぼ共有してやってきたのだから、そこまで言わなくてもよくないか。
……ん? そういえば。
俺が重大な問題に気付いた時、一番会いたくなかった奴が通りがかった。
「リカルダではないか。こんな時間こんな場所で会うとは奇遇だな」
「あたし達もいるんですけどぉ?」
「今日も相変わらずの鍛錬ですか? 精が出ますね」
「もう一拍待ってくれればもちろん挨拶をしたとも。真っ先にリカルダへ挨拶したのは申し訳なかったが、それも愛ゆえ。許されよ」
「あんたって年々大げさになってくわよね」
「いやあ、それほどでも。そこまで褒められると照れるな」
「褒めてないですよー」
「アンタはさっさとシャワーを浴びるなりなんなりしなさいよ。うら若き乙女の前で汗みどろのままいるんじゃないっての」
「ははは。それはその通り。腹は減っているが、寮で汗を流してから食べるとしよう。無作法を晒してすまない、三人とも。
……リカルダ?」
声をかけられた俺は顔を上げられなかった。
なぜなら今の俺はリカルダ・ラスコンではないからだ。
今までは
しかしここで
大丈夫、俺だって立派なリカルダだ! リカルダの言動をなぞることくらいできるッ! はず!
「なに? どうかした?」
「いや、我はどうもしていないが……」
ホラーツの眉がわずかに寄る。
自分の頬が引くついているのが分かった。そうだった、俺は演技なんてしたことなんぞないんだった!
嫌な汗を背中に感じる俺の様子を察した二人が助け舟を出してくれた。
「もー! アンタが汗臭くても指摘せずにいてくれるリカルダのやさしさを察しなさいよ!」
「な、なに……?!」
「ズバリ言っちゃうのも悪いかなと思ってたんですけど……。はっきりって臭いですよ、ホラーツ」
ノエルが鼻をつまみ、ヨンナが眉をしかめ、二人そろて手で払う仕草をする。
年頃の青少年に対してこれ以上の精神攻撃があるだろうか。ホラーツは素早くこちらとの距離を取り、自分の服の臭いを確認し始めた。
「ほらほら、リカルダの気遣いを無駄にせずさっさとシャワー浴びに行きなさいよ」
「運動しても匂いが持続する香水でも紹介しましょうか?」
じりじりと下がっていくホラーツはヨンナの言葉に力強く頷き、脱兎の如く走り出した。
「リカルダ―! またなー!」
小さくなっていくホラーツの声と姿に俺は力がどっと抜けた。
「なあ、二人とも」
「嫌な予感がするけど、なに」
「聞きたくないですけど、なんでしょう」
「俺、どうやってリカルダに体を返せばいいんだ?」
俺の告白に二人は顔を見合わせ、揃って重苦しい溜息を吐いた。
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