第8話

「リカルダ!」


 明かりに照らされた銀糸がひるがえる。銀色のはざまにのぞいた青は驚きに見開かれていた。


「すまん、驚かせた」

「いえ……。誰かいるとは思わなかったから」


 いつもと様子の違うリカルダにホラーツはわずかに首を傾げた。いきなり声をかけて驚かせただけが理由ではないだろう。


「こんな時間まで残っているのは珍しいな。図書館に行ってたのか?」


 少し戸惑うふうにリカルダは言葉を探した。俯いてホラーツと目を合わせようとしない。


「ええと、教員室に実験棟の地図を返してにいって、今から家に帰るところよ」

「実験棟の! ということは剣術鍛錬団に――!」

「入りません」


 ぴしゃりと断られ肩を落とすも、すぐに気を取り直した。


「ならば他の団体に所属――」

「見学しに行っただけですから」

「そ、そうか」


 またやってしまった、とホラーツはうなだれた。

 ホラーツはどうにも強引すぎる、早とちりがすぎる、それを直さなければリカルダの好感度は上がらないぞ、と幼なじみのアードリアンに口を酸っぱくして言われているのだ。

 また好感度を下げてしまったか、とリカルダの顔色をうかがうが、俯くリカルダの表情は知れなかった。


「それじゃ」

「リカルダ!」


 転送陣に行くのだとホラーツに背を向けたリカルダの手を思わず掴んでいた。


「……なにか用がありました?」

「あ、いやその、転送陣までぜひ送らせてほしい」


 握ったリカルダの手は思っていたよりずっと冷たい。


「一人で行けますから」

「そ、そうかもしれんが、まだリカルダと話していたいのだ。今日はもう会えないと思って居たからな」


 そう言って笑ったホラーツは眉をしかめた。リカルダは俯いたまま何も言わない。いつもだったら照れ隠しに拳のひとつも飛んでくる場面だ。


「リカルダとできるだけ長く話していたい我のわがままだ。安心してくれ、必ず陣まで送り届けるぞ!」


 気分が悪いのか、と聞こうとも思ったが、やめた。今はそこに触れないほうがいい。勘だったが、歩き出しても手は振り払われずにすんで、ホラーツは安堵した。

 生徒のいない静かな廊下を無言で進む気分になれず、今日あったことや故郷のこと、剣術鍛錬団で師に言われたこと、やりたいことについて思うまましゃべる。リカルダは短い相槌しか返さなかったが、ホラーツは満足だった。


「地形も地名も変わっている場所が多いようでな、どこに記録が残っているかまるでわからん。今発見されている資料以外を見つけるのは想像以上に骨が折れそうだ。有能な助手を雇わねばならんだろうな。そうすると冒険者をしながら旅費や研究費を稼いだほうが現実的だと言われたよ。我もそう思う。今まで以上に剣術や魔術の訓練に力を入れるつもりだ。せめて前世まえくらいの力は取り戻さないとな!」

「……いいな」

「なにがだ?」


 相槌以外が返ってきたホラーツは喜びに満ち満ちた表情かおでリカルダを振り返った。リカルダはうつむいていたが、けれど少しばかり顔の角度が上がっていた。

 夕日が沈みかけた闇夜の迫る暗がりの中でもリカルダの銀糸は光を放つがごとく浮かび上がって見えた。

 何が「いいな」なのだろう。ひょっとしてかつて生きた時代の資料探しだろうか。リカルダと旅をするのは楽しそうだ、リカルダも一緒に考古学者をやろう! と矢継ぎ早にしゃべりそうになったが、呆れ顔のアードリアンが「頭の中身をそのまま垂れ流すなよ、よく考えろ」とぼやく姿がホラーツの脳内に浮かぶ。ホラーツはぐっと我慢してリカルダの言葉を待つ。

 とうとう完全に太陽が沈んだらしく、暗くなった廊下を魔術灯が照らしている。魔術灯の他には月と星明かりがほのかに窓の外を照らしていた。


「……」

「……」


 魔術灯に照らされたリカルダもまた、うつくしかった。銀の髪は絹糸のように細く艶やかにきらめていて、その輝きは流星の尾にも似ていた。ふと前世で見た流星はまだ燃え尽きずにいるだろうかと、そんなことを思った。

 つないでいるリカルダの手はホラーツの体温が移ったようで、もう冷たく感じない。


「わたしにはなにもないから」


 小さな呟きにホラーツは首を傾げた。


「そんなことはないぞ。リカルダは座学も実技も秀でているだろう。全ての授業を選択しているのに課題だって期日通り提出しているではないか。並大抵の努力ではそこまでできないぞ。我はついうっかり期日を忘れてしまうからな、羨ましい。

 じっと座っているのも苦手で、いまいち座学も振るわぬし、このままでは考古学者になるなど夢のまた夢だ、と教師にも苦言を呈されたほどだ」


 誰になんといわれようともなるがな! と胸を張ってホラーツは笑う。


「リカルダであればなんにだってなれるし、どこでだって生きていけるだろうと我は思うぞ」


 ホラーツは感じていた通りのことを言っただけなのだが、言われたリカルダはまるで思ってもみなかったというふうに瞳を見開いてホラーツを見た。目が合うのはずい分と久しぶりなような気がして、ホラーツは微笑んだ。


「そう思う? わたし、なんにでもなれる?」

「ああ、思う。心の底から。

 秀逸な考古学者の助手などが向いていると思うのだが、どうだ? 高額報酬を約束しよう」


 リカルダはばかね、と笑い返した。涙が出るほどおもしろかったらしい。冗談ではなく本気だったのだが、リカルダの気分が上向いたのならそれでいい。


「秀逸な考古学者って、さっき教師に考古学者になれないって言われたのはどこの誰? 平凡な考古学者になれるかも怪しいじゃない」

「う。これからなるのだ。これから。まだ我らは一回生なのだから、未来はどうなっているかわからんだろう」

「ふふ、そうね」


 くすくすと笑むリカルダは最高にかわいらしかった。リカルダの指摘を誤魔化すようにホラーツは止めていた歩みを再会させる。


「本当に誰もが一目おくくらい立派な考古学者様の助手だったら、選択肢に入れておいてもいいかもね。高額報酬は魅力的だし?」

「是非そうしてくれ」


 笑いのおさまらないリカルダの手を引いて廊下を歩く。先ほどまで寒々しいくらいの静寂に包まれていた廊下をどんどん進んでいった。



「ねえ」

「なんだ?」

「道違うんだけど。転送陣まで送り届けてくれるんじゃなかったの?」

「ははは、すまん。実は入寮に一度使ったきりだったから場所を忘れた!」


 殴られるのも覚悟のうえだったが、リカルダは笑うだけだった。


「堂々と間違えないでよ。途中までわたしが記憶違いしてるのかと思っちゃったじゃない」

「う、うむ。すまなかった」

「あんなに自信満々に言っておいて……ふふ、おかしい」


 目尻に涙をためながらリカルダが晴れやかに笑う。

 その日、ホラーツはリカルダに惚れ直した。

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