第3話 事務所に行く

 あたいは家の茶の間で寝転がっていた。


 ぼんやりしているとチャイムが玄関に鳴り響く。


 外に出ると登(のぼる)が立っていた。


「ケイちゃんまだ制服着替えてないじゃないか、早く着替えて学校行くよ」


「うっせぇぞ登、今から着替えようと思ってたんだよ。ちょっと待ってろ」


 ドアを閉め部屋に戻り、あたいは制服に着替えた。


 準備を終え、団地から出ると今日は晴れている。晴れてなければ学校には行かないと決めていたのだが。


 登と二人通学路を歩く。


「ケイちゃんせっかく学校入れたんだからちゃんと行かなきゃ、僕これから毎日迎えに行くからね」


 うぜえ。登とは同じ団地に住んでいる幼なじみで、あたいは基本友達はいないがこいつは別だった。


 あたいがケンカしようが何があろうがつきまとってくる。


 ちなみに高校は行かないつもりだったのに登があたいにはりつき、みっちり勉強を叩き込まれ、受験させられ一応受かってしまった。


 登は三人兄弟の長男なので世話好きなのかもしれない。


 こうしてあたい達は学校に向かった。


 授業は頭に入ってこず、あたいは同じ事ばかり考えている。


 あたいがアイドル、か。もらった名刺を眺めた。


 今日少し片桐の事務所に行ってみようかな。まぁ、ちょっと覗いてみるくらいはいいんじゃないかな。


 あたいは放課後になるのを待った。


 授業も終わり、基本荷物は全部教室に置いているので手ぶらで帰る。手ぶらの方がケンカする事になったらすぐに戦えるようにだ。


「ケイちゃん、帰ろう」


 登が話しかけてきた。


「すまねぇ登、今日は寄るところがあるんだ。だからあたい一人で帰る」


「ケイちゃんまたケンカするつもりじゃないだろうね?」


「違う違う、ちょっとバイトの面接みたいなもんだよ」


 アイドルの事を言うのは恥ずかしい。というか知られたくない、あたいがあんな可愛い衣装を着たなんて事知られたら何て言われるやら。


「じゃあな」


「いつものクールなケイちゃんがあせってたな、なんか怪しいぞ」


 あたいは名刺に書いてある住所に向かった。場所は駅前の雑居ビルだった。一階がスナックであまり綺麗ではなく、一応小さく片桐事務所と書いてある。事務所は三階か。


 それにしてもさっきから気配がするような気がするんだが気のせいだろうか、しかし周りには誰もいなかった。


 気にしてても仕方がない、エレベーターはないので階段で上がった。


「ケイちゃん……」


 三階の片桐事務所と書かれたドアの前に立つ。あたいはチャイムを鳴らした。


 少しするとドアが開いた。


「ケイじゃない! やっぱり来てくれたのね!」


「ま、まぁこの前謝礼も、もらったしな、社会見学だ」


 事務所の中に入れてもらった。


 奥に社長が座りそうな机と椅子、手前には客をもてなすソファーがあった。


「とりあえず座って、お茶出すから」


「あ、あぁ」


 言われるまま座り、片桐を待った。


「アイドル見習いの事は考えてくれた?」


「まぁその事で来たんだ、あたいはどうするべきか決めようと思ってな」


「来たって事はやりたいって気持ちはあるんでしょ、やればいいじゃない」


 あの日以来あの時のことばかり考えている。ミニライブがあった日の事だ。


 あたいは仮にもステージに立ち、アイドルになった。


 あの時の空気はまだ体に染み付いたままだ。今まで感じたことのない感覚だった。


「まだ、あたいもどうしていいかわかんないんだ。だから少しアンタの話を聞いてみようと思ってな」


「私から話す事はただ一つ、ケイは可愛いからアイドルになりなさい。それだけよ」


「あたいは今までケンカばっかしてたんだ。そんな人間がアイドルになってもいいのかな」


「どんな人間でも大なり小なり悪い事はするもんだわ。でもこれからはアイドルになって色んな人を笑顔にして幸せにしてあげたらいいじゃない」


「人を幸せに、か」


「それよりケイ、ちょっといい?」


「なんだよ?」


私は事務所のとなりの部屋に連れて行かれた。何をするつもりなんだ。

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