第43話
冬休みが始まり、閑散とした学園の中でイザングランの部屋はあたたかな空気で満ちていた。
今年も一年の最終日、十三月の二十九日がやってきた。アレクとすごす二回目の新年祭が始まろうとしていた。
去年と同じく、今年も食堂のキッチンを借りてアレクが新年祭のご馳走を作ってくれた。もちろんイザングランも手伝った。
前回は歪なクッキーを作り出してしまったが、生活技能修練課で家事力を鍛えた甲斐あって、今回のクッキーはなかなかに上手く焼けた、とイザングランは自画自賛している。なかでも猫の形にしたものは食べるのが惜しくなるくらいの傑作だ。
緑鱗の翁に新年祭用のお菓子を作る話をしたら出来上がった甘味の横流しを条件に木の実を分けてくれたので、ケーキにも料理にも使い、去年よりすこしだけ料理が豪華になった。
翁はかかりつけ竜医のフルィチョフ師にはくれぐれも内密に! と念を押していたが、しっかり報告しておいた。
禁止されていた木の実の無断譲渡と甘味の過剰摂取未遂がバレた翁に裏切り者ォ! と嘆かれようとも、言わない、とは言っていないので裏切りではない。フルィチョフ師監修の元ででも、食べられるのだから許してほしい。
蠟燭を灯し終わり、部屋の明かりを消し、アレクと食卓についた。
最近はなにかと忙しいアレクだったから、こうして二人きりでゆっくりとすごすのは久しぶりのように感じる。どうしてバイトが忙しいのだろう。もしや実家の家計が苦しいのだろうか、と余計な気を回しそうになってしまう。
しかし、学園を卒業したあとのことを考えれば金策の仕方を複数知っておくのは悪い考えではないはずだ。コールズは魔薬や魔術触媒の材料が手に入りやすい環境にあり、転送装置を使えば売りに行くのも容易だ。学園外を訪れる機会はそこそこにあるので、換金できる素材を調べておけば役に立つだろう。次に一人になった時間に読む本の傾向が定まった。
食前の祈りを捧げ、アレクの手料理に舌鼓を打ちながら、イザングランはアレクと別行動していたときのことを喋った。あとからその日にあったことを逐一母親に報告する幼児のようだと思い至ったが、それは別の話だ。
アレクは楽しそうに相槌を打って、穏やかに聞いている。話したかったことはあとからあとから湧いて出て、イザングランはアレクとこんなにも過ごしていなかったのか、と再確認した。
「……それで……その本に……」
「眠そうだな、イジー。今日はもう寝て、新年の挨拶は明日の朝にしようぜ?」
「やだ」
コーヒーを飲んだのになぜ、と重くなっている瞼をこすりながらイザングランはきっぱりとアレクの申し出を拒んだ。ミルクと砂糖をたっぷり入れたのがダメだったのだろうか。新年祭が楽しみすぎて、朝早く眼が覚めてしまったのが原因に違いない。
「だいじょうぶだ、新年まであとすこしだし、起きてる」
「そっか」
そう言ってやわらかに頭を撫でてくるアレクから身をよじって距離を取る。ひとががんばっておきてるというのに、寝てしまうからやめてほしい。
上機嫌らしいアレクはそれでもやめなかったので、イザングランはクッションでガードした。
「あと五分がまんしてくれ。そしたら撫でていいから。今年もいちばんにアレクにお祝いをいいたいんだ」
「おお、そっか……」
手を引っこめたアレクにやれやれとイザングランはクッションを抱きしめる。クッションはアレクが干してくれたのもあって、ふかふかで虫除け
「おーい、イジー。寝てるぞー」
「ねてない……」
クッションの誘惑に打ち勝ち、イザングランはソファから立ち上がり、部屋を歩き回り始めた。
「めちゃくちゃ眠そうだな」
「ねむい……」
隠れるように笑うアレクの声に隠さなくてもいいのに、と半分眠っている脳が囁いた。
「ご、よん、さん……」
「にー、いち! 新年おめでとう、イザングラン!」
「新年おめでとう、アレクサンドリア」
ふわふわ新年を祝って、イザングランは間近にあった温かでやわい物体に抱きついた。とても良い匂いがしたので、それを胸いっぱいそれを吸い込む。耳にくすくすとアレクの笑い声が聞こえてきて、寝ぼけ眼を頭上に向けた。
「ほら、ベッドに行こう。限界なんだろ?」
「アレク………」
「プレゼント交換は明日にすればいいから」
蝋燭の灯りが揺れるのにあわせて、眼の前にある青空色もゆれる。
「……きれいだ」
「? なにがだ?」
「アレクの
見開かれた青空に、なぜだろう、と考えて、それからイザングランは自分が抱きついているあたたかなものがアレクだとようやく気付いた。が、もう脳ミソの半分以上が睡魔によって機能を停止させられていたので、かろうじて拾ったプレゼントという言葉に従って体が動いた。
「アレク、これ、ししゅうした……」
学内販売所で手に入れた
アレクの髪は短いから夏は快適そうだが、冬は首元が寒そうだと思っていたのだ。そのアレクの首に織物をかけて、イザングランは満足して笑った。
「膝掛けにもなるし、汚れ防止や、防寒、防御向上の付与もしておいたから、つよつよ肩掛け兼膝掛けだ」
言うだけ言って、イザングランは自力でベッドに潜り込んだ。
「わー、待て待て、俺からもあるから、ほら、これ! 欲しがってたろ?」
ころり、と手の中に転がされたそれは手触りからして木製で、アレクとはまた別の良い匂いがした。
「それ、虫除けの香木を削って猫の形にしたやつ。木彫りの人形が欲しかったんだろ?」
「ぅうん……」
木彫りの人形が欲しいのではなく、アレクが作った木彫りの人形が欲しいのだ、と訴えたかったが、瞼を持ち上げることはできなかった。
「おやすみ、イジー。肩掛け、ありがとな」
「うん……」
眠りに落ちる寸前、やわらかくてあたたかくて、良い匂いのするものが額に触れたのだけれど、朝起きた瞬間、手の中にあった木彫りの猫が嬉しすぎて、イザングランは就寝前のわずかな時間とともに思い出すことはなかった。
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