第37話
進級試験を兼ねた学年末試験を恙無く終えたイザングランは、その足でアレクと一緒に来期の取得科目を申請した。毎年申請を忘れて新学期から大慌てする生徒が一人か二人かは出る、と聞いたからである。何事も早めにすませておくにこしたことはない。
イザングランはアレクが取っているものと同じ授業が書かれた自分の取得授業表を見て、わずかに口の端を上向けた。これで来期は今よりずっとアレクと行動できる。
コールズ学園に来てから良いことばかりだ、と足取り軽くミゲルとマデレイネとの待ち合わせ場所に向かうイザングランは、荷物を運ぶ自動人形達に目を留めた。
その中の一体に見知った人形が混じっており、胸元にアレクの贈った花飾りをつけている。色は赤だ。
「赤ばらさん、運ぶのを手伝おうか?」
「……!」
赤ばらと呼ばれた自動人形は喜びに顔を綻ばせ、それでも首をゆるく横に振り、持っていた荷物の中から手紙を抜き出し、イザングランに渡した。
「手紙……誰からだ?」
イザングランは独りごちて、カリーナがまた何かやらかしたのか? と送り主を確認して、手紙を沸き上がった感情のまま握りつぶした。
「……」
「イジー、手紙がぐちゃぐちゃになっちまったぞ、イジー?」
常ならぬイザングランの様子を心配したアレクが腰をかがめて顔を覗き込む。イザングランの表情はきれいに抜け落ちていて、冷たさを感じさせるほどだった。
「………る」
「なんだって?」
「
***
「という訳で僕はこれからアレクの家を目指す。土産は買うつもりでいるが、期待しないでくれ。旅費で手一杯だろうからな」
「本当に実家が嫌なんだね……」
「私もアレクの実家に行きたかったわ……」
終業式が終わったそのすぐあとのことである。イザングランは旅支度をすっかり終えた格好で転送陣の前に立っていた。傍らには機巧馬が控えている。学園からの借り物だ。アレクもなんとも言えぬ顔で古びたリュックサックを背負っていた。
終業式が終わったばかりというのもあり、転送室にはイザングラン達四人の他には門番の自動人形が二体いるだけだ。自動人形は粛々と確認作業を進めていて、ミゲルとマデレイネが帰るのは明日だが、見送りにわざわざ転送室まで出向いてくれている。
イザングランが赤ばらから受け取った手紙はブルデュー家からのもので、中身は母親から、夏休みは帰って来られるのか、帰って来られないなら会いに行くので都合の良い日を教えて欲しい、と書かれていた。
イザングランは読んだ瞬間、反射で便箋を握りつぶしたし、返事を書く間も手紙を引きちぎりそうになりながら、なんとか活動団体に入り、夏休み中活動団体に時間を使うので家に帰らない旨を返信した。投函は今日だ。手紙は無事ゴミに出した。
「俺ん
「いい。構わない。機巧馬を借りたし、たぶん大丈夫だと思う。辿り着けなくとも生活技能修練課の活動としては十分だしな。その時はアレクに里帰りさせてやれなくて申し訳ないが」
「俺は卒業まで帰る気がなかったから帰れなくても別にいいんだけどさ、せっかくの夏休みなのに野宿ばっかの旅をしちまうんだぜ?」
「実家に関わるより遥かにマシだ」
「そ、そうか」
言い切るイザングランに、道中の危険などを説明し切ったあとでも変わらない強い意思は確認済みであったため、アレクはそれ以上何も言えなかった。
「確認が終了しました。アレク様、イザングラン様、転送陣へどうぞ」
自動人形の声に、機巧馬を愛でていたマデレイネが名残惜しそうにつるりとした表皮を撫でてから二人から離れる。
「また新学期に会いましょう。気をつけて行ってきてね」
「イザングラン達にも手紙を書くよ。届けられないから新学期にまとめて読んでね!」
「新学期に話を聞くから書かなくていい」
「それだとたぶん一晩中語っちゃうから」
照れたように頭をかいたミゲルにそれなら仕方ない、とイザングランは機巧馬の手綱を引いて転送陣に歩み寄る。
「お土産は話だけで十分だから!」
元気いっぱいに手を振るミゲルを見たマデレイネが目を瞬かせて、それからほのかに笑い、同じように手を小さく振った。
「またな、レニー、ミゲル。元気でな」
「おまえたちも気を付けて帰れよ」
「うん!」
「ええ」
アレクが自動人形達に行き先を宣言する。イザングランは活動団体許可証を差し出し、最終確認を終えた自動人形が許可証に判を押す。イザングランは機巧馬の手綱を引いてアレクの隣に並んだ。自動人形達が所定の位置に付き、転送陣を起動させる。
入寮の時以来の転送陣が淡く光を放ち始め、だんだんと強くなっていく光が二人を包む。その光の中でイザングランはアレクを見上げた。
「自分の意思で外出するのは初めてだからか、今とても高揚している」
「そっか。俺も身内以外と遠出すんのは初めてだから、──気を引き締めていかないとな」
言って、表情を引き締めたアレクの横顔は、光に照らされていることを差し引いても眩しく、凛々しくて、イザングランは思わず眼を細めた。
「いいか、イジー。もう何回も言ってるけど」
「外には危険がたくさんあるんだろう。耳に
「おう。頼まれた」
にっ、っと笑ったアレクはこの上なく頼もしく、イザングランはこれから始まる夏休みの旅が、今まで生きて中で一番充足した時間になるだろうと確信した。
かすかな浮遊感を感じたあと、景色が一変し、コールズからアレクの実家から最寄りの都市に移動したのだと、イザングランは一歩を踏み出した。
学園の門番とは意匠の違う制服に身を包んだ人間に転送許可証を見せ、部屋から出る。感じる空気すらコールズとは違う気がして、イザングランは深呼吸する。
「それで、ここからどの方向に進めばいいんだ?」
「とりあえずあの山の麓を目指すんだけど……」
アレクの指差す遥かか彼方に山が見えた。あれがアレクの実家がある山だろう。ここからでは小さく見えるが、季節によって雪が降るほどの標高だという。
「………がんばる」
「うん、がんばれ」
遠そうに見えても機巧馬に乗るならなんとかなるはずだ、とイザングランは早々に挫けそうになった己を鼓舞した。
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