第33話
生活技能修練課はイザングランがイザングランのために作った活動団体だったが、活動日は専らアレクの予定に合わせ、講師よりも賃金の良い仕事が入った日は休みにしたり、自主学習日として習った掃除や縫い物の復習をして過ごしていた。
アレクとのお茶の時間を楽しむために魔導コンロと水場も申請していたので、掃除するか所はそれなりにあった。掃除を終えて時間が余れば勉学の予習復習に充てられる。縫い物や簡単な料理を教わりながら、イザングランは至福の放課後をすごしていった。
今日も今日とて軽く掃除をしたイザングランは淹れたばかりの茶を飲みつつ一息ついていていた。
「明日はお菓子でも作ってみるか? ああ、その前に計画書を出すんだっけ?」
「ああ。今までのただ素材を焼いて調味料で味付けしただけのお手軽料理と違って、お菓子は材料が必要だろう? 要るのは小麦粉と砂糖か?」
「あと卵とバターもあればだいたい作れるな」
「はあ申請をしておこう。継続して作るなら大目に申請しておくが、どうする?」
「そんなに多くなくても大丈夫だろ。売りに出す訳でもなし、食べるのは俺とイジーで、レニーとミゲルにおすそ分けするくらいだろ? あんまり食べすぎると
「それもそうか」
「申請書を出したらオーブンをきれいにしとかないとな」
「ああ」
お茶請けのクッキーを作ることにして、申請書に必要な材料と分量を記入した二人はさっそく教員室に届けに出た。
外の空気は相も変わらずひんやりと冷たいが晴れて陽が射しているうえ、風がないのでそこまで寒さは感じず、陽ざしが強い分暑さを感じるくらいだった。その暑さも日陰に入ればすぐに失われた。
申請書を提出し終え、二人は談笑しながら実験棟に戻り二人はオーブンの掃除に取り掛かった。
「温度調節がツマミひとつでできるなんて便利だよなー、魔導オーブンって」
「他にどうやって温度調節するんだ?」
「そりゃあ、薪の数を減らして火の勢いを弱くしたりだな……」
「マキ……薪か……。原始的だな……」
「アッハッハッ、原始的って。俺にとっちゃ普通だけどなあ。イジーは魔力が切れたらどうやって火を起こすんだ?」
「………」
イザングランはしばし考え込んだ。
無言でオーブンの内側を拭き、天板を洗う。オーブンに使う魔石に魔力を込めておき、魔石置き場へと戻した。
「……まったく考え付かない」
「そっか。今度外で火起こしでもしてみるか?」
かすかに口角を上げながらオーブンを覗いていたアレクが立ち上がり、うん、と伸びをした。
「よし、きれいに掃除できてる」
「明日は菓子を作るとして、今日はこのまま解散か? それとも繕い物の復習でもするか?」
「そーだなあ。まだ寒いしマフラーでも編んでみるか」
「……そうか、マフラーも作れるのか……!」
「作れるぞー。ああでも毛糸がないか。ついでに申請しとけばよかった」
「明日申請しよう。今日はこれからの予定を立ててまとめて申請書をだすために材料を割り出そう。月始めか週始めに計画を作ってまとめて申請書を出すようにしたほうがよさそうだ」
「だな」
「まず、マフラー作りに要るのは毛糸だけか?」
「編み棒も要るな。木ならその辺に生えてるから作ろうと思えば作れるけど。そうすると今度は編み棒を作る道具が欲しくなるから買っちまおう。いちおうかぎ針も申請しとくか」
「この際家事に関わるものは全て申請しておくか?」
「活動員一人でそんな予算ないだろ」
「そ、そんなにかかるものか?」
焦るイザングランをアレクは笑う。
「かかるだろうな~。家事って生活そのものだから」
「なるほど、それもそうだ……」
いっそ作れるものは他の団体に道具を借りに行って手作りしてみるか? と快活に笑うアレクにイザングランは気後れしながら考えておく、と返した。
「はあ。それにしても考えてみると家事というものには終わりがないな」
これからの活動をするにあたって書き出した材料を申請書に書き連ねながらイザングランは嘆息する。そんなイザングランにアレクはほのかに笑い返す。
「そりゃあ生きてる限りはついて回るもんだからなあ」
「金持ちが使用人を雇う訳だ」
イザングランの実家も軍将校の住むにふさわしい館であるから、当然使用人も大勢いた。
住んでいた当時は使用人がいるのも、世話をされるのも当然だと思っていたため、感謝の言葉ひとつ浮かばなかったが、アレクに家事を教わった今なら分かる。
給料をもらっているとはいえ、果てない業務をこなす彼らのなんと忍耐強いことか。おまけに家事だけではなく住人の世話やご機嫌取りまでしなくてはならないのだ。イザングランが使用人だったならば即日辞めているだろう。
「万が一……億……兆……計が一実家に帰ることがあったら使用人たちに感謝の言葉を贈りたいと思う」
習った掃除や料理を思い出しながら、授業を受けたり課題をしながら掃除を毎日、料理を毎食……? と想像したがけでひどく疲れた様子のイザングランの頭をぽむぽむアレクが叩く。
「毎日の家事は適度に手を抜けよー。でないと疲れちまうからな」
「……なるほど!」
生真面目に頷くイザングランにもう少し基本ができるようになったら手の抜き方も教えてやるかあ、とアレクは笑った。
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