第27話:父と弟と

「よし、できた!」


 机に向かっていたアレクがのびをする。

 小一時間ほど書いていた手紙を書き終わったらしい。インクの乾きを確認してから封筒へ収め、小包の中に入れる。


「荷物はこれで全部か?」

「おう。今回も頼む」

「ああ、任せろ」


 イザングランは小包に丁寧に輸送方陣を描いていく。

 輸送方陣の描かれた紙は購買で買えるのだが、少しでも出費を抑えてたいアレクと、魔術方陣の練習をしたいイザングランの利害が一致した結果、アレクが手紙以外の荷物を送りたいときはイザングランが輸送方陣を描くようになった。

 というのが、イザングランの建前だ。

 ただアレクの役に立ちたいというイザングランの建前を当の本人は知らないふりをしてくれているのだろう。


「よし、できた」

「ありがとな、イジー」


 宛先はイザングランが知らないけれど知っている場所、アレクの実家だ。

 輸送方陣にイザングランが魔力をこめると小包はふわりと浮いて窓から出て行った。


***


「いつからこんなんになっちまったんだろうなあ」


 男はため息をつく。丸々一本出された大根を一口齧ってうまい、と一言もらした。

 ワーセット国とアル・ユクス国の国境にある山の奥の奥、未開の地、秘境といえるほどの山奥にその男はいた。

 男の名はジョサイア・バークリー。とある組織に所属しているそれなりの地位にいる男だった。


「いいよな、この味。なんっつーかよ、自然の味っつーかよ。今はどこでもなんでも魔力頼りだかんな。おかげで、魔力が低い奴ァ、俺みてえなのになるか、魔力の関係ねえ仕事を探すか。どっちにしても楽な仕事にゃありつけねえ」


 愚痴っては大根を食べ進めるジョサイアにルーカスは出がらしの茶を出してやった。


「うちに来るたび愚痴るのは止めてくれないかね。息子が真似たらどうしてくれるんだ」

「別にいいじゃねーかよー。下の奴らにこんなとこ見せられねーしよー」

「いい年した男が気持ち悪い。さっさと金持って帰れ」

「ひでえな、お義父とうさん」

「黙れ。誰がお義父とうさんだ」

「俺とサンディちゃんが結婚したらってスンマセン。謝るからマジやめて下さい。いくら俺でもなたで頭かち割られたら死にます」


 ルーカスは手に持っていたなたを取り敢えずは下ろした。娘の愛称をかってに呼ぶ男に義父よばわりされる筋合いなど無い。

 ルーカスには二人子どもがいる。

 姉がアレクサンドリア、弟がクラレンスという。二人とも死んだ妻に似てとても利発な子どもたちだった。

 二人の名前をつけてくれた妻には申し訳ないが、名前はいつも省略して呼んでいる。

 アレクは家の近所で行き倒れていた老婆を助けた縁で老婆が理事長をしているコルーズ学園の寮住まいで今はいない。


「こえーなー、もー。この不良親父はよー」

「語尾を伸ばすな」


 そう言いながらでろりと座っているジョサイアの顔にルーカスはくたびれた布袋を投げつける。見事に顔で受け取る事になったジョサイアは床に落ちる前に両手で受けとめた。決して重い訳ではないそれを大事そうに懐へしまう。


「へいへい。今月分ももらってきますよー」

「もらったからには帰れ。すぐ帰れ」

「もちっとぐらい愛想よくしてくれたっていくね? 利子だってオマケしてんのにひどくね?」

「ほう。こっちは出るとこ出てもいいんだが」

「スミマセン」


 ジョサイアはおとなしく出された茶を音を立てて飲んだ。

 会話から分かるとおり男は借金取りで、ルーカスの家に集金に来たのだった。

 ジョサイアは前述のとおりそれなりの地位にいるそれなりに偉い幹部なのだが、ルーカスの家が山奥すぎるためにヒラ組員ではたどり着けず、組長直々に頼まれたジョサイアが集金に赴いている。

 ジョサイアの所属する金貸しは法外な利子を取ることで有名なのだが、それを知っていてもルーカスはそこから借りた。まともな担保もなしに大金をかしてくれるのがそこくらいしかなかったのだ。

 もっとも法外な利子を黙って取られてたまるか、とルーカスは腕力にものを言わせてまともな利子で契約をさせた。ルーカスは魔力もあまりなく魔術もうまく扱えないが、山奥で生まれ育ったため、腕力には自信があるのだ。組員たちは問題なくのすことができた。用心棒の魔術師がたいした腕をしていなかったのは幸いだった。

 法外な利子から良心的な利子にさせたとはいえ、ほぼ自給自足の生活を送っているルーカスには払うのが困難な額だった。

 薪や炭を作ったり、近隣の村におりて手伝いをして日銭を得るほかにも内職を増やし、狩猟の回数を増やし、と今まで以上に金を稼ぐ機会を増やしていたが、雀の涙だ。少し前までは利子も払えないありさまだった。

 だが最近は利子まできっちり返せるようになった。

 理由はアレクが送ってくる小包だ。どこから手に入れてくるのか、希少な植物や鉱物を送ってきてくれる。

 それらを男に渡して、街で売れた分を借金返済にあてていたのだが、現金ではなく植物鉱物を要求されることもあった。

 いまではあれが欲しい、これはないかと注文までくる。アレクに余計な心配はかけたいくないので言っていない。家の懐事情など気にせず、学園生活を思い切り楽しんでくれればいいのだ。

 この辺りでは採れないものばかりだったので、オークションにでもかけて大儲けをしているだろう組長を思い、ルーカスはそのうちせしめた余剰分を借金に当てる様交渉に行く予定だ。ついでに来年分の授業料も借りるとしよう。


「ただいまー。親父、罠の見回り行ってきたよ。あ、ジョサイアさんこんにちは。ご苦労様です」

「おかえり。ご苦労さん」

「邪魔してるよー」


 戸口を開けてのぞいた息子のクルスがジョサイアに会釈をした。


「兎がかかってたから処理しちまうわ」

「おう、頼んだ」

「よく働くなあ」


 すぐに顔を引っこめたクルスにジョサイアが感心したため息をもらす。


「おまえも見習え」

「今まさに働いてますけどお!!」

「金をもらったんだからさっさと帰れ」

「今帰からると山の中で夜を越さなきゃいかんのだが?!」

「越えろや」

「獣に襲われて死ぬわ!」

「むしろ死ね」

「ひでえ! このやりとり何回目だよ! たまにはすんなり泊めてくれよ!」


 ジョサイアが宿泊料代わりの手土産を差し出すと、ルーカスがケッ、と悪態をつきながらそれらを収めた。

 土間におりて煮炊きをし始める。夕飯の支度をするのだろう。

 ジョサイアはいろりの火をいじりながら茶を飲んだ。薄いしぬるくなっている。

 ジョサイアは多少腕に覚えがあったから借金取りになったのだが、ルーカスにはまったくかなわなかった。

 契約書を確認したルーカスが利子の法外さに怒ったって取り押さえて脅すつもりだったし、そうやって何回も契約させてきた。

 けれど逆にルーカスにのされ、呼んだ応援もまるで歯が立たず、用心棒の魔術師が倒されたあとはさんざんだった。ついには半泣きの組長が契約書を書き換えるまで誰もルーカスを止められなかった。

 魔術師が魔術を発動させる前に殴り飛ばされると役立たずになるなんて知りたくもなかった。

 サンディー、――アレクサンドリアがルーカスを止めてくれなければジョサイアも治療院送りになっていただろう。一番ケガの重かった用心棒は、雨の日は未だに受けた傷が痛むと愚痴っている。


「手伝いはいりますかねーっと」

「いらん。そこでふんぞり返っておけ」

「言い方ァー」


 娘も息子もあんなに良い子なのにこのクソ親父はなぜこうも性悪なんだ、とジョサイアはあぐらを組みなおした。

 きっと亡くなった奥さんが天女もびっくりな、とんでもなく良いひとだったのだろう。独り身にはこたえる。ウラヤマシイ。

 ああ、自分にもサンディーちゃんみたいな嫁さんがいればなあ。

 にやけていたジョサイアの顔に手拭いが飛んできた。


「ぎゃぶっ」

「薄汚れた性根ごと手を清めろ」

「この布巾のほうが薄汚れとるわ!」

「雑巾だからな。あたりまえだろうが」

「人様の顔に雑巾を投げつけんじゃねえ!」


 ジョサイアがぶつくさ文句を言いながら慣れた手つきで囲炉裏の周りを拭き清めているとバラした兎を持ってクルスが戻ってきた。

 ざるに肉を置いて囲炉裏の上の火棚ひだなざるを置く。それから土間へおりていって水甕で手を洗うとルーカスの横に並んだ。

 そんな二人の姿を見たジョサイアはそわそわと落ち着かない様子でクルスに声をかける。


「何か手伝おうか、クルスくん」

「大丈夫ですよ、もうすぐできますから。座っててください」


 微笑みとともにクルスがいう。お気遣いの紳士だぜ。

 その父親はロコツに「ウワコイツ役立たず」という侮蔑の視線をジョサイアにむけていた。

 次もクルスが好きなお土産を増量して持ってこよう、とジョサイアは空の湯飲みをなでた。


***


 戸のむこうの囲炉裏端からは楽しげな父とジョサイアの声が聞こえていた。

 ふだんはなにかとジョサイアを虐げるルーカスだが、酒が入ればその限りでない。基本的に人懐こい親父なのだ。借金取りが気にくわないだけなのだろう。

 ジョサイアは今夜も潰されるだろう。静かになったらまた毛布をかけてやらねば。山の上このいえは冷えるから。

 毎回潰されて青い顔をして山を下りるハメになっているのにジョサイアはこりない。ウワバミに付き合うだけムダだとがくしゅうしてくれないものか。

 文机ふづくえに向かいながらクルスは姉への手紙を書き綴る。

 換金できるものを送ってくれたお礼と、近況と、それから無理をしない様に、と便せんに記していく。

 便せんも封筒もアレクが同封してくれたものだ。これを使うと人を介さずに手紙をアレクに届けることができる。こんな便利なものが購買で売っているのだから、コールズ学園はすごい。

 明日の酒臭い酔っ払い二人を思うとクルスはため息しか出なった。

 姉のアレクからの手紙にはいつも学園での楽しい出来事が書かれている。

 授業が楽しい、バイトが楽しい、それから同室者とすごすのが楽しい、とあの姉にしてはこまめに書いてよこす。

 換金物を送ってくるついでなのだろうけど、卒業まで手紙など来ないと思っていた。便りがないのは元気の証拠と笑ってすます父と姉はよくにているから。こまめに手紙を送りたくなるほど学園生活が楽しいのだろう。

 同室者はイザングランといってとても美人らしい。

 異国の響きだからか、ずいぶん男らしい名前なのだなあ、とクルスは手紙を読んでいる。国が違えばそういうこともあるだろう。

 男らしい名前のせいなのか、イザングランは行動も男らしい。けれど猫好きというかわいらしい一面も持っている。

 いつかイザングランさんに会えるといいな、とクルスはほんのり頬を染めて筆をおいた。

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