第25話

 明日は新年。今日は十三月の二十九日。大晦日だ。

 妙に騒ぐ心臓を押さえ、イザングランはバスルームから出た。

 まだ寝ずに、新年を迎えるつもりであるのでパジャマではなく私服だ。


「イジー、もう準備できてるぜ。どうする、始めるか?」

「ああ」


 アレクの言葉にうなずいて椅子に座ったイザン 明日は新年。今日は十三月の二十九日。大晦日だ。

 妙に騒ぐ心臓を押さえ、イザングランはバスルームから出た。

 まだ寝ずに、新年を迎えるつもりであるのでパジャマではなく私服だ。


「イジー、もう準備できてるぜ。どうする、始めるか?」

「ああ」


 アレクの言葉にうなずいて椅子に座ったイザングランの髪をアレクがすくう。


「よし、今日は乾かしたな」

「お前もな」


 笑いあって食前の祈りを捧げる。

 部屋の灯りは常とは違いろうそくの火だけだ。新年を迎えるためのささやかな祭りはこうして始まる。

 食堂のキッチンを借りてアレクが腕をふるった料理の数々はどれも美味しかった。イザングランが制作を手伝った、少し形の悪いクッキーをアレクが笑って腹に収める。

 だらだらと食べてしゃべって、ゆったりと時間が流れていく。カードゲームやボードゲームに興じればあっという間に夜は深った。

 ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを飲みながら、イザングランは間違いなく今までで一番幸せな新年祭をすごしていた。


「もうそろそろだな」

「ん? ああ、もうそんな時間か」


 いよいよだと思うと再び心拍数が上がってくる。イザングランは赤らんでいるだろう顔を見られないよう、そそくさと自分のベッドにしまっておいたプレゼントを持ちに行く。アレクは時計を気にしていた。

 後ろ手に学内販売所で買い求めたプレゼントを隠してアレクの前に立つとどうしようもなく落ち着かない気分になった。実技試験でだってここまで緊張した覚えはない。

 カチカチと秒針が進んでいく。

 今さらになってイザングランの胸中に不安がこみあげてきた。

 アレクに喜んでほしくて用意したプレゼントだけれど、本当に喜んでもらえるのか、学内販売所ではなく街に出て買うべきだったのではないか、などなど。次々に不安が湧いて出た。

 まだ渡していない、プレゼントを用意したとは言っていない、このまま渡さずに新年のお祝いを言うだけでいいのではないか。

 そんな思いがイザングランの脳裏をかすめる。けれどイザングランそれらを押し込んだ。

 アレクに喜んでほしくて、アレクの笑顔が見たくて選んだ品だ。きっと喜んでもらえるはずだから自信を持て。気に入ってもらえなかったら今度はアレクといっしょに選びなおせばいい。そうやって自分を鼓舞する。

 深呼吸をする。秒針はいよいよ真上に近付いていく。


「さん……に……いち! 新年おめでとう、イザングラン!」

「新年おめでとう、アレクサンドリア」


 これからもよろしく、とイザングランはプレゼントを差し出した。ぱちぱちとアレクがその大きな瞳をしばたかせる。


「学内販売所で買った。怪しくない、ちゃんとした店だ。薬効もしっかりしてる。僕も買って確かめたから間違いない」

「なんだこれ?」

「ボディクリームだ。アレクは手荒れがひどいからぬったほうがいい。ハンドクリームとリップクリームを贈るのも考えたが、アレクは自分に対してめんどくさがりなところがあるからどっちにも使えるやつにした」

「おお……。ありがとう」

 おそるおそる、といったふうにアレクがイザングランからクリームの入った容器を受け取る。アレクの両手にちょこんと鎮座するさまがかわいらしい。かわいらしい意匠のの容器を選んでよかった。アレクによく似合っている。


「うわー、うわー、ありがとうな、こんなの初めてもらった。うわー、すげーかわいいなー」


 手放しでほめるアレクにイザングランは照れた。


「その入れ物の模様は太陽をモチーフにしているそうだ。アレクの髪の色と、故郷では太陽を祭っているんだろう? だから、アレクにぴったりだと思っ……たんだが……。どう、だろうか」


 どきまぎしながらイザングランはアレクの様子をうかがう。

 手のひらの中の容器に視線をそそいでいたアレクがイザングランにそれを移す。

 アレクの瞳にろうそくの光が反射して輝いている。きらきらと歌う星のような光がこぼれ落ちるかのようだった。


「気に入ったに決まってるだろ! ありがとうな、イジー! 大事に使うぜ!」

「日常的に使え。でないと効果が薄いだろう」


 なくなればまた買ってくるから、と続ければアレクはあわてて手をふる。


「それは悪いって。大丈夫、手が荒れるのはいつもだから慣れてるし、これだって安くないだろ?」

「僕が大丈夫じゃない。

 気にするな。それが予想外に安くて僕も驚いたくらいだ。店主がイケショタテェテェと唱えながら拝んでいたから、おそらく宗教上の理由なんだろうな」

「アー、ウン、ソウダナー?」


 なぜか遠くを見て乾いた笑い声を上げるアレクの手からボディクリームの容器を取り、中身をひとすくいすると荒れたアレクの手指に塗り込めにかかった。


「アレクは働きすぎなのに、自分を省みないのが心配なんだ。こんなにがあかぎれがひどいのに、顔をしかめるだけで手当をしない。だから僕がかわりに心配するんだ」


 手指にクリームが塗られるたびにあかぎれが痛む。まるで壊れ物を扱うかのようにやさしく触れるイザングランにアレクは瞳を細めた。


「ありがとうな、イジー」

「……別にたいしたことじゃない。アレクにはいつも世話になっているからな、これくら……」

「そーかそーか。でもな、ちょっとつけすぎだぞ~」


 アレクはイザングランの頬を両手でつつみ、そのままむにむにと揉む。


「イジーもちゃんと肌の手入れしよーな。もったいないぞ」

「……」


 ぴりぴりとした痛みが走るので、イザングランの頬もそれなりに荒れていたらしい。アレクにされるがままになっているとアレクが瞳を伏せた。


「せっかくくれたのに悪いな。俺は用意してねえや」


 申し訳なさそうに眉尻をさげたアレクの表情かおを見てばかなやつだな、とイザングランは未だ自分の頬を揉んでいるアレクの手に自分の手を重ねた。


「別にプレゼント交換がしたかった訳じゃない。……僕が……アレクの……」

「俺の?」

「…………なんだ」

「なんだって?」


 小声で口ごもるイザングランの口元にアレクの耳が寄せられる。石鹸の良い匂いがした。

 恥ずかしさに頬を真っ赤に染めたイザングランが観念して、けれどやはり小声で理由を口にした。アレクにだけ聞こえる最低限の音量でだ。


「アレクの喜ぶ顔が見たかったんだ」


 小さな小さな声だったけれど、アレクはしっかりとイザングランの言葉を聞き届けた。そして感動のまま、力の限りイザングランを抱きしめる。


「ぐえっ」

「ありがとうな、イジー! うれしいぜ!」


 ばんばん! とイザングランに強く背中を叩かれ、腕の力を酔わん留。イザングランは一瞬で瀕死になっていた。

 ぜえはあと呼吸を整えたイザングランは悪かった、と背中をさするアレクによりかかる。明日も痛みが引かなかったら念のために保健室へいこう。


「でもさー、俺もイジーの喜ぶ顔が見たいんだけど。イジーの笑顔って貴重だし」

「そうか?」

「そうだ」


 アレクが言うならそうなのだろう、とイザングランはクリームのおかげでしっとりとしている自分の頬に触れた。


「なら、アレクの作った木彫りの人形がいい。弟に贈ったと言っていただろう?」

「そりゃかまわねえけど、そんなんでいいのか?」

「それがいいんだ」


 アレクの手作りの人形など世界のどこを探しても手に入らない。イザングランの笑顔など比較にならない貴重品だ。


「よーし、待ってろ。とびっきりのやつを作ってやるからな!」

「期待して待ってる」


 そう言ってイザングランはアレクの言う、貴重な笑顔を浮かべたのだった。グランの髪をアレクがすくう。


「よし、今日は乾かしたな」

「お前もな」


 笑いあって食前の祈りを捧げる。

 部屋の灯りは常とは違いろうそくの火だけだ。新年を迎えるためのささやかな祭りはこうして始まる。

 食堂のキッチンを借りてアレクが腕をふるった料理の数々はどれも美味しかった。イザングランが制作を手伝った、少し形の悪いクッキーをアレクが笑って腹に収める。

 だらだらと食べてしゃべって、ゆったりと時間が流れていく。カードゲームやボードゲームに興じればあっという間に夜は深った。

 ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを飲みながら、イザングランは間違いなく今までで一番幸せな新年祭をすごしていた。


「もうそろそろだな」

「ん? ああ、もうそんな時間か」


 いよいよだと思うと再び心拍数が上がってくる。イザングランは赤らんでいるだろう顔を見られないよう、そそくさと自分のベッドにしまっておいたプレゼントを持ちに行く。アレクは時計を気にしていた。

 後ろ手に学内販売所で買い求めたプレゼントを隠してアレクの前に立つとどうしようもなく落ち着かない気分になった。実技試験でだってここまで緊張した覚えはない。

 カチカチと秒針が進んでいく。

 今さらになってイザングランの胸中に不安がこみあげてきた。

 アレクに喜んでほしくて用意したプレゼントだけれど、本当に喜んでもらえるのか、学内販売所ではなく街に出て買うべきだったのではないか、などなど。次々に不安が湧いて出た。

 まだ渡していない、プレゼントを用意したとは言っていない、このまま渡さずに新年のお祝いを言うだけでいいのではないか。

 そんな思いがイザングランの脳裏をかすめる。けれどイザングランそれらを押し込んだ。

 アレクに喜んでほしくて、アレクの笑顔が見たくて選んだ品だ。きっと喜んでもらえるはずだから自信を持て。気に入ってもらえなかったら今度はアレクといっしょに選びなおせばいい。そうやって自分を鼓舞する。

 深呼吸をする。秒針はいよいよ真上に近付いていく。


「さん……に……いち! 新年おめでとう、イザングラン!」

「新年おめでとう、アレクサンドリア」


 これからもよろしく、とイザングランはプレゼントを差し出した。ぱちぱちとアレクがその大きな瞳をしばたかせる。


「学内販売所で買った。怪しくない、ちゃんとした店だ。薬効もしっかりしてる。僕も買って確かめたから間違いない」

「なんだこれ?」

「ボディクリームだ。アレクは手荒れがひどいからぬったほうがいい。ハンドクリームとリップクリームを贈るのも考えたが、アレクは自分に対してめんどくさがりなところがあるからどっちにも使えるやつにした」

「おお……。ありがとう」

 おそるおそる、といったふうにアレクがイザングランからクリームの入った容器を受け取る。アレクの両手にちょこんと鎮座するさまがかわいらしい。かわいらしい意匠のの容器を選んでよかった。アレクによく似合っている。


「うわー、うわー、ありがとうな、こんなの初めてもらった。うわー、すげーかわいいなー」


 手放しでほめるアレクにイザングランは照れた。


「その入れ物の模様は太陽をモチーフにしているそうだ。アレクの髪の色と、故郷では太陽を祭っているんだろう? だから、アレクにぴったりだと思っ……たんだが……。どう、だろうか」


 どきまぎしながらイザングランはアレクの様子をうかがう。

 手のひらの中の容器に視線をそそいでいたアレクがイザングランにそれを移す。

 アレクの瞳にろうそくの光が反射して輝いている。きらきらと歌う星のような光がこぼれ落ちるかのようだった。


「気に入ったに決まってるだろ! ありがとうな、イジー! 大事に使うぜ!」

「日常的に使え。でないと高価が薄いだろう」


 なくなればまた買ってくるから、と続ければアレクはあわてて手をふる。


「それは悪いって。大丈夫、手が荒れるのはいつもだから慣れてるし、これだって安くないだろ?」

「僕が大丈夫じゃない。

 気にするな。それが予想外に安くて僕も驚いたくらいだ。店主がイケショタテェテェと唱えながら拝んでいたから、おそらく宗教上の理由なんだろうな」

「アー、ウン、ソウダナー?」


 なぜか遠くを見て乾いた笑い声を上げるアレクの手からボディクリームの容器を取り、中身をひとすくいすると荒れたアレクの手指に塗り込めにかかった。


「アレクは働きすぎなのに、自分を省みないのが心配なんだ。こんなにがあかぎれがひどいのに、顔をしかめるだけで手当をしない。だから僕がかわりに心配するんだ」


 手指にクリームが塗られるたびにあかぎれが痛む。まるで壊れ物を扱うかのようにやさしく触れるイザングランにアレクは瞳を細めた。


「ありがとうな、イジー」

「……別にたいしたことじゃない。アレクにはいつも世話になっているからな、これくら……」

「そーかそーか。でもな、ちょっとつけすぎだぞ~」


 アレクはイザングランの頬を両手でつつみ、そのままむにむにと揉む。


「イジーもちゃんと肌の手入れしよーな。もったいないぞ」

「……」


 ぴりぴりとした痛みが走るので、イザングランの頬もそれなりに荒れていたらしい。アレクにされるがままになっているとアレクが瞳を伏せた。


「せっかくくれたのに悪いな。俺は用意してねえや」


 申し訳なさそうに眉尻をさげたアレクの表情かおを見てばかなやつだな、とイザングランは未だ自分の頬を揉んでいるアレクの手に自分の手を重ねた。


「別にプレゼント交換がしたかった訳じゃない。……僕が……アレクの……」

「俺の?」

「…………なんだ」

「なんだって?」


 小声で口ごもるイザングランの口元にアレクの耳が寄せられる。石鹸の良い匂いがした。

 恥ずかしさに頬を真っ赤に染めたイザングランが観念して、けれどやはり小声で理由を口にした。アレクにだけ聞こえる最低限の音量でだ。


「アレクの喜ぶ顔が見たかったんだ」


 小さな小さな声だったけれど、アレクはしっかりとイザングランの言葉を聞き届けた。そして感動のまま、力の限りイザングランを抱きしめる。


「ぐえっ」

「ありがとうな、イジー! うれしいぜ!」


 ばんばん! とイザングランに強く背中を叩かれ、腕の力を酔わん留。イザングランは一瞬で瀕死になっていた。

 ぜえはあと呼吸を整えたイザングランは悪かった、と背中をさするアレクによりかかる。明日も痛みが引かなかったら念のために保健室へいこう。


「でもさー、俺もイジーの喜ぶ顔が見たいんだけど。イジーの笑顔って貴重だし」

「そうか?」

「そうだ」


 アレクが言うならそうなのだろう、とイザングランはクリームのおかげでしっとりとしている自分の頬に触れた。


「なら、アレクの作った木彫りの人形がいい。弟に贈ったと言っていただろう?」

「そりゃかまわねえけど、そんなんでいいのか?」

「それがいいんだ」


 アレクの手作りの人形など世界のどこを探しても手に入らない。イザングランの笑顔など比較にならない貴重品だ。


「よーし、待ってろ。とびっきりのやつを作ってやるからな!」

「期待して待ってる」


 そう言ってイザングランはアレクの言う、貴重な笑顔を浮かべたのだった。

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