第24話

 冬休みに入り、生徒も教員もめっきり数が少なくなった学園は静かだった。

 学園の外では雪がちらついているようだが、結界に覆われた学園はそんなこともない。

 アレクは中庭で草むしりにいそしんでいた。いつものバイトだ。

 ふだんは自動人形達の仕事だが、長期休暇中の定期整備で半数が工房行きなっているとのことで、アレクに仕事が回されているのだった。

 イザングランはアレクがいないのはつまらないので、手伝おうとしたのだが断られた。なので仕方なく草むしりをするアレクをながめながら読書をしたり、思索にふけったりしている。

 アレクといっしょにいられるのなら賃金など貰わなくてもいいのだが、「ただ働きはさせられない」とのことだった。ただ働きはぜったいするな、と説得された。ただ働きに嫌な思い出でもあるのだろうか。

 それでもアレクとっしょにやりたい、と主張したイザングランだったが、分け前が減るのは困るから、と眉根を下げて言われてしまえば引き下がるしかない。

 アレクの本音は白魚のようなイザングランの指をよごしたくない、というものだったのだが、もちろんイザングランは知る由もない。


「お、落としもんだ」


 アレクが無駄にごてごてと装飾の多い羽ペンを摘まみ上げた。

 この学園では落し物が異常に多い。

 本人の不注意などももちろんあるだろうが、落とすというより隠されたり、無断で借りられたりするのだ。イザングランには経験がないが、同級生がぐちっていたのを耳にしたことがある。

 どうやら学園に古くから住み着いているという小人達の仕業であるらしい。イザングランもアレクも実物を見たことはない。

 ただ、物を粗末に扱っていたりすると物を隠される確率が上がるようで、自分が落し物をしたと自発的に発言する生徒は少ない。わざわざ自分は物をぞんざいに扱って小人に目を付けられたと宣伝するようなものだからだ。

 そうやって小人達が隠したらしいものは廊下の真ん中であったり、本棚の上だったり、あるいは本人の机の上であったりと、いたるところで発見される。

 アレクが見つけたどこの誰の物かもわからない羽ペンは、この中庭を隠し場所に選ばれたのかもしれない。


「けっこう落ちてるな。ノートにインク壺。おいおい、教科書まであるぞ」

「ベンタ・フォーシュルンド……。名前は全部一緒か。よほど物を粗雑に扱う人間らしい」


 教科書を落し物にされたのはさすがに困ったのではないだろうか。心を入れ替えているといいが。


「日記まであった」

「さすがに心を入れ替えただろうな」

「だよなあ」


 見つけたものはしょうがない、とアレクはこれまた落し物になっていたローブに見つけたものを包み、イザングランに渡した。


「教員室に届けてやってくれ」


 中庭からんぞく空にはどんよりとした雪雲が広がっている。雪はおそらく降っているのだろう。

 だが、学園につもることはない。


「……おまえが届けてやればいいのに」

「あっはっはっ。盗人ぬすっとあつかいはごめんだなー」

「……」


 イザングランは黙って落し物の数々を受け取った。


「イジーなら盗んだなんてイチャモンつける必要もないからなー。いやあ、イジーと知り合いでよかったよ」

「……」


 そう言って笑うアレクにイザングランは機嫌を損ねた。それに気付いたアレクがさらに笑みを深める。


「おー? なんだ~? 知り合いじゃ不満か~?」


 なにが原因でイザングランが不機嫌になったのか察しがついているだろうに、それには触れずうりうりと肘で肘でイザングランをつついてくる。


「かわいいやつめー」

「……」


 たしかにイザングランの背丈はアレクよりも低いがかわいいと言われるのは心外だった。

 邪魔な落し物はてきとうにその辺に落として、汗を拭うアレクに水筒を手渡す。今朝がたアレクから教わりながらいれたレモン水だ。


「友達だよ」


 土で汚れた手袋を外し、アレクの大きな手のひらがイザングランの頭を撫でる。


「イジーは俺の大事な友達だ」


 アレクの言葉に瞳を輝かせるイザングランに照れたようで、わざと乱暴に髪をかき乱し、その瞳を黒髪で隠した。


「じゃあ落し物は頼んだ」

「ああ、任せておけ」


 両手いっぱいになった落し物を抱えながら、イザングランは教員室に向かう。

 実験や家庭の事情などで、冬休みも学園に残る生徒達のために待機している教師がいるはずなので、その教師に預けよう。実験などで出払っていなければいいが。

 軽い足取りで冷えた廊下を歩くイザングランはアレクに言われた言葉を脳内で繰り返す。

 友達……友達……大事な友達……。

 口角は自然と上がっていく。

 足取りはさらに軽くなり、スキップでもしてしまいそうだった。

 それくらいに嬉しかったので、友達と言われてモヤついた胸の奥の奥の感情には気付かなかったことにした。

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