第23話

「じーちゃん来たぜー」

「失礼します」

「おじゃまします」

「こんにちはー……」


 昼食を終えた四人は竜籠に来ていた。

 アレクはもともとここにふたりをつれて来るつもりだったのだろう。昼食を食べた森は竜籠に近い場所だった。

 マデレイネとミゲルは、初めて竜籠を訪れたイザングランと同じようなため息をもらした。


「すごい……」

「空がある……」


 籠の中とは思えない景色にふたりはいたく感動しているようだった。


「おお、ふたりともよく来たの。そちらの新入りさんたちもよう来た、よう来た。じーちゃんは嬉しいぞい」

「こ、こんにちは……」

「おっきい……」


 翁は身を起こしてふたりを歓迎した。

 最近の翁は自らの意思で起き上がったり、少しばかり歩いたりと、わずかだが体を動かすようになった。

 その理由がアレクが差し入れるおやつを美味しくいただきたいから、というのがなんとも翁らしい。

 美味しいものは世界平和に貢献するのかもしれない。


「してアレクや。今回のおやつはなにかのう」

「今日はサンドイッチとマフィンだよ」

「おお、今日の食事もまた美味しそうだのう。どうじゃ、ワシのやった果物は食べたか?」

「美味しかったよ」


 竜籠にきたついでに翁の鱗を磨く。

 当初は備えつけのデッキブラシでやっていた作業だったが、いまいち鱗が輝かなかったので、生物学のルスラン・フルィチョフ師にかけあっていろいろ試した結果、今使っている柔らかな毛のブラシになった。

 修復効果の付与がなされており、任意で水も流せるすぐれものだ。ただし、効果を発揮させるには魔力が必要なので、使うのは専らイザングランだ。

 長毛種一角馬ユニコーンロングコートの毛で作られたもので、値段は聞かないほうがいいらしい。

 イザングランが鱗を磨いている間、マデレイネとミゲルはアレクに教えてもらいながら翁の体に生えている植物の手入れをしていた。

 翁の口や足が届かない場所に生えている実を取ったり、葉やつるを取ったり、大きくなりすぎたものは竜籠の中に植え替えをしたり、とすることはいくらでも見つかる。

 鱗を磨き終えたイザングランは翁へ声をかけた。


「薬は塗りましたか?」

「うむ。朝いちにのう。昼の分はまだじゃ。そろそろ痛み止めが効いてくるころじゃろうから、面倒でなければ塗ってもらえると嬉しいのう。医者のほうにはワシから言っておくでの」

「わかりました」


 翁は長らく体勢を変えることをしなかったせいでそれはもう見事に床ずれを起こしていたのだ。

 怒られるのがイヤだったから、と竜医に黙っていた床ずれはとんでもなく悪化していた。鱗が剝がれ、皮膚が露出したうえ、黒ずんでいた。

 ここまで悪化していてどうして痛がる素振りすら見せなかったのか、と竜医に問い詰められたすえ、自分の体に生えていた鎮痛作用のある植物を摂取していたことを白状し、もちろん盛大に怒られ、もうしません、と念書まで書かされていた。

 アレクはそんな翁を親身に励ましていた。

 植物の手入れを終えたアレク達と一緒に薬を塗る準備をする。


「防護メガネ……」

「防護手袋……」

「マスクもな」

「念のためだよ。翁は体がでっかいぶん薬の成分も強くしてあるからな。俺らがじかに触ると毒になるかもしれないんだ」

「なるほど」

「たしかに……」

「目に入ったらすぐに言え。洗浄魔術で洗う」

「わかったわ」

「さすが水属性持ち。ありがとう」


 翁に寝転んでもらい、四人で胸のあたりから胴、尻尾の付け根辺りまで薬を塗っていく。なかなかの重労働だ。

 竜医資格を持つ教師達を中心に持ち回りでこなしているが、腰を痛めて保健室の世話になる教師が増えているらしい。


「…………っ」

「……痛そう」

「だよなー」

「フルィチョフ師の話では激痛らしいが」

「よくがまんできますね。すごいなあ」

「フフフ……。ワシも長生きしておるからのう」


 理由になっていない。

 やせ我慢だろう、とイザングランは翁の強がりを見抜いた。尻尾や指先、鼻や口元が薬を塗るのにあわせて小刻みに動いている。

 痛みのまま叫ばれると塗布作業がはかどらないのでありがたいが。


「マスクしててもすごい臭い……」

「あっ! これ、翁もマスクいるよね?!」

「ああ、それなら大丈夫だよ」

「うむ。風魔術で防いでおるからな」

「へー! すごい、緻密な魔術操作が必要なのに」

「ふぁっふぁっふぁっ。ワシにとっては造作もないことじゃ」

「本当……。……きもちいい……」

「ふぁっふぁっふぁっふぁっ。もっと褒めてくれてもいいんじゃよ?」


 マデレイネは翁の顔に近付いて、そよぐ風に心地よさそうに目を閉じた。

 ミゲルも翁の風をたしかめに行きたそうにそわそわとしていたが、マデレイネの隣に並ぶ勇気はまだわかなかったようだ。

 うろうろとしたあげくにマデレイネに気を使われ、場所を譲られていた。

 マデレイネと入れ替わり、翁に近付いたミゲルはがっくりと、見るからに肩を落とし、翁にも気遣われていた。


「そんなに気を落とすでないぞ、ミゲル。大丈夫、大丈夫じゃ。お主は嫌われてはおらん、もうひと押しが足りんのじゃ。ちょっとアプローチがささやかすぎるぞ!」

「ううっ、おきなさーん!」

「ふぁっふぁっふぁっ。泣くでない、泣くでない。よしよし、乙女心をゲットするコツを教えてしんぜよう」

「うわーん! ありがとうございますししょー!」

「ふぁっふぁっふぁっ」


 ひっしと翁の顔に抱き着き親交を深めるのはいいのだが、ちょうど鼻の穴にミゲルの髪が当たるようで、フガフガと翁の体が震え始めた。


「アレク、こっち」

「ん? どうした?」


 アレクを手招きして背後に待機してもらう。マデレイネは呼ばなくてもアレクについてきた。

 対物防壁と、念のために対魔術防壁も張っておく。

 ほどなくして、翁は盛大にくしゃみをした。


「いやー、すまんかったのー」

「あうう……びちょびちょ……。みんなひどい……。とくにイザングラン……」

「ごめん」

「ごめんなさい」

「翁との仲を邪魔するのも悪いかと思ってな」

「も~~! イザングラ~~~ン!」

「うわっ、ばか、やめろ!」


 翁のよだれまみれになったミゲルと、そのミゲルに追いかけ回されるイザングランを眺めながら、アレクとマデレイネは笑いあった。


防臭布ぼうしゅうふをすれば臭いはマシになるから、張り終わったらおやつにするか」

「賛成」

「今日のおやつはなんじゃろな? ワシはベリーのタルトだと思うんじゃが」

「さんねーん。クッキーでしたー」

「翁はベリーが好きなのですね。今度、持ってきますわ」

「おお、それはありがたいのう。じーちゃんは嬉しいぞい」


 白熱したイザングランとミゲルの追いかけっこは、ミゲルが掴みかかった拍子にイザングランが倒れこんだため、双方ともによだれと土に塗れるという痛み分けの結果となった。 

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