第22話

「コートは着たかー」

「「「おー」」」

「マフラーは? 手袋の準備は万端か?」

「「「おー」」」

「しきものがかりー」

「ちゃんと借りておきました!」

「飲みものがかりー」

「あつあつの紅茶を用意してもらったわ」

「弁当がかりー」

「早起きしてアレクといっしょに作った」


 得意満面のイザングランにマデレイネの機嫌が降下した。


「マデレイネ、押さえて押さえて」

「イジーもあおるなー」


 わしゃわしゃと犬のように髪をかきまわされたイザングランはそれでも笑みを崩さなかった。

 気を取り直して、アレクが咳ばらいをした。


「よーし、じゃあ出発だー!」

「「「おー!」」」


 いよいよ明日に冬休みがせまった今日、テスト終わりの打ち上げも兼ねてイザングラン、アレク、マデレイネ、ミゲルの四人はピクニックに来ていた。

 場所はイザングランたち三人の体力をかんがみたアレクが決めた。

 学園近くの森を少し歩くコースだ。

 空はどんよりとした曇り空だが、雪はつもっていない。コールズに張られた雪除けの結界は正常に作動しているようだった。


「寒くないかー?」

「しっかり防寒してきたし、歩いてるからそんなに寒くないよ」

「熱いくらいだな」

「……」


 マフラーをゆるめてミゲルとイザングランが答える。返事のないマデレイネは荒い息をはくどころではなく、ヒューヒューとか細い呼吸をしながらよろよろと前を行く三人にかろうじてついてきている。


「アレク隊長ー。マデレイネがしにそうでーす」

「おー。ちょっと休憩するか」


 ちょうどよく切株と倒木があったのでそれを椅子がわりに四人は水分と糖分を補給する。

 食べるのが早いアレクは早々に補給し終え、もそもそと小ぶりなマフィンを咀嚼するマデレイネに謝った。


「ごめんな、レニー。ちょっと見誤ったみたいだ」

「……ううん……。私の体力が……なかった……だけ……」


 この様子では目的地に行くのは困難だろう、とアレクは目的地の変更を考えたが、マデレイネは不敵に笑んだ。


「それに……こんなこともあろうかと……」


 マデレイネが肩掛け紐についていた飾りに魔力をこめると、背負っていたリュックががしゃんがしゃんと音を立てて可変した。


「歩行機巧を……用意しておいた……」


 死に体であるが、満足げである。


(それを背負っていたからバテたのでは……?)


 ミゲル以下、その場にいたマデレイネ以外の三人が思ったことだが、言わないでおいた。マデレイネが得意げに頬を紅潮させていたので。

 歩行機巧はクモのように四対の足を器用に動かして進む。それに乗るマデレイネは快適そうだった。


「本当はケンタウロスみたいな機巧にしたかったのだけど、四つ足はまだバランスを取るのがむずかしくて。でもいつか必ず成功させるわ」


 やる気のマデレイネだったが、平原ならともかく今回のような森の中なら多足のほうが歩きやすいのではないだろうか。現にクモ足は山道を難なく歩いている。


「歩けるならクモ足でもいいんじゃないか?」

「どうせならかっこいいほうがいいでしょう? それに私クモダメだし」

「おれはヘビがダメだなー」


 談笑しながら森の中を進んでいって、イザングランとミゲルがばてそうになったころ、頂上へ到着した。

 アレクの息はもちろん乱れていない。


「よし、昼飯にしよう」

「おー」

「「おー~……」」


 歩行機巧に乗ってきたおかげで体力の回復したマデレイネとアレクが昼食の支度をしてくれるのを疲労のたまったイザングランとミゲルは座りこみながら見守る。


「おれも体きたえよう……」


 水を飲みながらぼやくミゲルに、イザングランも体を鍛えておいてよかった、これからも鍛え続けよう、と改めて誓う。

 ぜったいに息を乱れさせずにアレクと山を登ってみせる。


「たくさんあるからなー。えんりょせずに食えよー」

「いただきます」

「おいしそー!」


 ぬれ布巾で手を拭い、食前の祈りをおのおの捧げて、四人は弁当を口にした。


「おいしい! カリカリベーコン!」

「たまごふわふわ……。トマトもみずみずしい……」

「口にあったんならよかったよ」

「玉子は僕が焼いた」

「いちいちドヤ顔しないで。せっかくのサンドイッチがまずくなるでしょう」

「僕より料理ができないからといって僻むのはやめてもらおう」

「はー――い! マデレイネは落ちついてー! 深呼吸してー!」

「イジー? あおるなって言ったろー?」

「ぅぐ……っ、すまない……」

「俺に言うんじゃなくてレニーに謝るの」


 アレクに頭を掴まれ、万力のような力をこめられたイジーは素直に謝った。このままでは熟れたトマトのように潰れされてしまう。恐ろしいことにこれでもアレクはまったく本気を出していないのだ。


「すまなかった、マデレイネ」

「……ゆるす」


 幸い顔に赤く痕がついただけで、潰れたイザングランにならずにすんだ。

 弁当を食べ、デザートの果物を腹に収め、まったりとお茶を飲む。

 果物は翁がぜひ持っていってくれと持たせてくれたものだ。冬には珍しい新鮮な果物を口にできたマデレイネとミゲルは疲れも吹き飛んだようだった。


「冬に干してない果物が食べられるなんてすごいわ。さすがコールズといったところかしら」

「コールズというより、翁さんがすごいんじゃないかなあ。竜はたいてい気位が高いって聞くし」

「もしかしたら竜の爪や鱗を手に入れられるチャンス……?!」

「竜の素材を使った機巧とかごうかー!」


 ミゲルとマデレイネはもし竜の素材が手に入ったらどんな機巧のどの部分に使うかを話し始めた。

 だが、素材が二人の手元にあるわけではないので、捕らぬ狸のなんとやら、である。


「鱗はともかく生え変わらない爪や牙はむずかしいだろう」

「直接たのめばくれるかもしれないな。爪とぎで出るのは粉だけど」

「ちょくせつ……」

「ちょくせつかあ……」


 やはり二人とも竜に会うとなると腰が引けるようだった。


「気の好いじーちゃんだぞ?」

「そうだな。まさに好々爺だった」

「ふたりが言うならそうなんだろうけどさあ」

「邪竜アルバータ……」


 幼い頃からの刷り込みで、やはり怖いものは怖い。マデレイネとミゲルは不安そうな顔を見合わせる。


「翁は緑鱗の竜だぞ」

「そうそう。なんなら今から会いに行くか?」


 ニカッと歯を見せ笑うアレクはすでに果物を食べ終えていた。

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