第21話
正午を知らせる鐘が鳴ると、それを追うようにミゲルとマデレイネの腹の虫が騒ぎ出した。
それでようやく自分達がずっと機巧の材料を見ていた事を認識したミゲルは、隣で飽きずに広げられた石や木材を吟味しているマデレイネに声をかけた。
「マデレイネ、そろそろアレクたちと合流してお昼を食べよう」
「うん……」
おざなりな返事を返すマデレイネは座り込んだまま動こうとはしなかった。
どうしたものか、と立ち上がり何とはなしに辺りを見渡した。
「おーい、二人ともー。昼飯買ってきたぜー」
「アレク! ありがとう。イザングラン、も……」
ほかほかと湯気を立てるホットドッグを受け取りながら、ミゲルはきょとん、と目を丸くした。イザングランがなぜかフードを被っていたからだ。
「ありがとう」
「落とすなよー」
ホットドッグの匂いにつられたマデレイネが重い腰をようよう上げた。
「どうしたの、イザングラン。フードなんか被って」
「……何でもない」
「はいウソー」
「黙れ」
「あー、それがなあ……」
歩き食いのできないマデレイネのために休憩所へ移動しながら、アレクは頬をかく。
イザングランの機嫌は地の底で、フードの内側が蠢いている気がするが、ミゲルは努めてそこから目を逸らした。
食欲に勝てず食べ始めたミゲルを羨まし気に観るマデレイネは、自分の持つホットドックと茶と、器用に食べ進めるミゲルを見比べ、ミゲル程器用に食べる自信がなかったようで、肩を落として諦めた様だった。
***
店主の勢いに押され、二人は結局そこで茶を買った。
アレクは焦がし茶、イザングランはおそるおそる甘茶を飲んで、「ホラァ! なんともないでしょ?! でしょお?!」と煽ってくる店主と、
「またのお越しをお!」
「二度と来るか」
「そんなあ!」
友好的に別れ、店を冷かしているとざわざわと周囲の視線が自身に注がれている事に気付いた。
居心地の悪さに眉を顰め、風に吹かれているせいかむずむずとする頭をかくと、髪の毛以外の感触がした。
「………?」
モフ。
モフモフ。
モフモフモフ。
とても触り心地のいいそれは上質な毛皮のようだった。そう、まるで猫を撫でているような……。帽子を被っている訳でもないのにいったいどうした事だろう。
頭の上に何か乗っているのか確認してもらおうと隣を見上げたイザングランが見たのは、肩を震わせ、声を上げない様に口元を手で覆っているアレクの姿だった。
「か、かわ……いや、似合ってる」
「は?」
イザングランの頭には立派な、かわいい猫耳が生えていた。
猫耳が生えた理由なぞ思い当たる節はひとつしかない。
茶を買った店に戻ると店主の頭にも猫耳が生えていた。
「おいどういう事だ、やっぱりさっきの茶に何か混ぜ――」
「ッギャー―! 猫耳美少年君様! 美少年に猫耳は正義! サイッコウ!!」
「アレク、通報」
「おー……」
自分が猫耳になってまで
店主を連行しに来た管理委員の教員に聞いた話だが、店主は無断で人に猫耳を生やす常習犯で、美少年美少女に見境がないとの事で、毎年、新入生の美少年美少女は八割がた被害に遭うそうだ。
「良かったな、ヘイナルオマに狙われたって事は美少年認定だ」
良くない。
なんの慰めにもならない言葉を残して教員は管理委員らと店主を連行していった。
「アーイルビーバァー―― 正午を知らせる鐘が鳴ると、それを追うようにミゲルとマデレイネの腹の虫が騒ぎ出した。
それでようやく自分達がずっと機巧の材料を見ていた事を認識したミゲルは、隣で飽きずに広げられた石や木材を吟味しているマデレイネに声をかけた。
「マデレイネ、そろそろアレクたちと合流してお昼を食べよう」
「うん……」
おざなりな返事を返すマデレイネは座り込んだまま動こうとはしなかった。
どうしたものか、と立ち上がり何とはなしに辺りを見渡した。
「おーい、二人ともー。昼飯買ってきたぜー」
「アレク! ありがとう。イザングラン、も……」
ほかほかと湯気を立てるホットドッグを受け取りながら、ミゲルはきょとん、と目を丸くした。イザングランがなぜかフードを被っていたからだ。
「ありがとう」
「落とすなよー」
ホットドッグの匂いにつられたマデレイネが重い腰をようよう上げた。
「どうしたの、イザングラン。フードなんか被って」
「……何でもない」
「はいウソー」
「黙れ」
「あー、それがなあ……」
歩き食いのできないマデレイネのために休憩所へ移動しながら、アレクは頬をかく。
イザングランの機嫌は地の底で、フードの内側が蠢いている気がするが、ミゲルは努めてそこから目を逸らした。
食欲に勝てず食べ始めたミゲルを羨まし気に観るマデレイネは、自分の持つホットドックと茶と、器用に食べ進めるミゲルを見比べ、ミゲル程器用に食べる自信がなかったようで、肩を落として諦めた様だった。
***
店主の勢いに押され、二人は結局そこで茶を買った。
アレクは焦がし茶、イザングランはおそるおそる甘茶を飲んで、「ホラァ! なんともないでしょ?! でしょお?!」と煽ってくる店主と、
「またのお越しをお!」
「二度と来るか」
「そんなあ!」
友好的に別れ、店を冷かしているとざわざわと周囲の視線が自身に注がれている事に気付いた。
居心地の悪さに眉を顰め、風に吹かれているせいかむずむずとする頭をかくと、髪の毛以外の感触がした。
「………?」
モフ。
モフモフ。
モフモフモフ。
とても触り心地のいいそれは上質な毛皮のようだった。そう、まるで猫を撫でているような……。帽子を被っている訳でもないのにいったいどうした事だろう。
頭の上に何か乗っているのか確認してもらおうと隣を見上げたイザングランが見たのは、肩を震わせ、声を上げない様に口元を手で覆っているアレクの姿だった。
「か、かわ……いや、似合ってる」
「は?」
イザングランの頭には立派な、かわいい猫耳が生えていた。
猫耳が生えた理由なぞ思い当たる節はひとつしかない。
茶を買った店に戻ると店主の頭にも猫耳が生えていた。
「おいどういう事だ、やっぱりさっきの茶に何か混ぜ――」
「ッギャー―! 猫耳美少年君様! 美少年に猫耳は正義! サイッコウ!!」
「アレク、通報」
「おー……」
自分が猫耳になってまで
店主を連行しに来た管理委員の教員に聞いた話だが、店主は無断で人に猫耳を生やす常習犯であり、美少年美少女に見境がなく、毎年新入生の美少年美少女は八割がた被害に遭うそうだ。
「良かったな、ヘイナルオマに狙われたって事は美少年認定だ」
良くない。
なんの慰めにもならない言葉を残して教員は管理委員らと店主を連行していった。
「アーイルビーバァー――ック! 世界中の美しい子ども達に猫耳を生やすまでー――! 私はけして止まらなー―――い!」
「静かにするんだアイラ・ヘイナルオマ! お前の被害者達に睨まれてるぞ!」
ずるずると引きずられて行く店主にはかつての被害者達からの視線はご褒美であるようだった。
「戻ってくるな」
「あはは……」
これも教員に聞いたのだが、猫耳を生やすだけで、体調その他になんら異常が見られず、反省態度も従順なので、反省文と一か月の労働奉仕で済むらしい。
再犯を繰り返しているのだから、微塵も反省していないと思われる。
休憩所の椅子に座りながら、イザングランは怒っていた。教員達が模範囚を許しても、イザングランは許さない。
「アレクを美少年にカウントしないなど……。あの店主、節穴にも程がある!」
「そこおー?」
「いやあ、イジーならともかく俺に猫耳生えてもなー。ケット族じゃあるまいし、かわいくないだろ」
「アレクはかっこいい」
「お、おお……? どうした、イジー」
唐突な誉め言葉に動揺するアレクを置き去りに、三人はそれぞれ猫耳の生えたアレクを想像してみた。
「………」
「………」
「………」
「ど、どうしたんだ、三人とも……?」
「かっこいい」
「かっこいい」
「かっこいい」
「うぇえ? あ、ありがとう……?」
イザングランに生えた猫耳は翌朝にはすっかり消えていた。ック! 世界中の美しい子ども達に猫耳を生やすまでー――! 私はけして止まらなー―――い!」
「静かにするんだアイラ・ヘイナルオマ! お前の被害者達に睨まれてるぞ!」
ずるずると引きずられて行く店主にはかつての被害者達からの視線はご褒美であるようだった。
「戻ってくるな」
「あはは……」
これも教員に聞いたのだが、猫耳を生やすだけで、体調その他になんら異常が見荒れず、反省態度も従順なので、反省文と一か月の労働奉仕で済むらしい。
再犯を繰り返しているのだから、微塵も反省していないと思われる。
休憩所の椅子に座りながら、イザングランは怒っていた。教員達が模範囚を許しても、イザングランは許さない。
「アレクを美少年にカウントしないなど……。あの店主、節穴にも程がある!」
「そこおー?」
「いやあ、イジーならともかく俺に猫耳生えてもなー。ケット族じゃあるまいし、かわいくないだろ」
「アレクはかっこいい」
「お、おお……? どうした、イジー」
唐突な誉め言葉に動揺するアレクを置き去りに、三人はそれぞれ猫耳の生えたアレクを想像してみた。
「………」
「………」
「………」
「ど、どうしたんだ、三人とも……?」
「かっこいい」
「かっこいい」
「かっこいい」
「うぇえ? あ、ありがとう……?」
イザングランに生えた猫耳は翌朝にはすっかり消えていた。
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