第18話
夏休みが近付く一学期末。
おやつを楽しみに授業内容を復習する四人だったが、授業をきちんと受け、理解しているので、そう難しいこともない。どちらかといえば来年に選択する事を決めた薬草学と応用魔術の修学に時間を割いていた。
突発する
マデレイネが応用魔術を選択する気になったのはアレクと選択授業が被る事に気が付いたからだろう。イザングランはひっそり舌打ちをした。
「ねーねー三人ともー」
「なんだ?」
ミゲルの呼びかけに答えたのはアレクだけだったが、ミゲルも慣れたものでそのまま続ける。
「夏休みに入ると会えなくなっちゃうし、夏休みに入るまえになにかしたいんだけど」
「断る」
「はやい!」
「私もお断りします。機巧の研究をしたいので」
「マデレイネさんまで! ア、アレク! アレクは?!」
アレクさえ肯いてくれるなら二人も同意してくれるハズ! と期待を込めるミゲルだったが、
「うーん。面白そうだけど、乗り気じゃない奴らに無理強いしてもなあ」
「うう、正論………」
三者三様の連れない答えに机の上へつっぷしてしまうミゲルに呆れつつ、ペンを止めたイザングランが隣のアレクに顔を向けた。
「アレクは何かやりたい事があるのか?」
「んー、そういう訳でもねえけど」
「ないんだあ……」
「なにをするにしてもお前らとなら楽しそうだなあ、とは思う」
「……」
「……」
「ンンッ。アレクさんのそういうとこホントズルイ」
「? 何がだ?」
秋のよく晴れ渡った空色をした瞳を真ん丸にしたアレクは不思議そうに首をかしげる。その拍子に太陽の光を照り返し、風にそよぐ麦畑のような色をした髪がゆれた。
「いいんだよ、そのままの君でいて……。
いたい。なんでおれのほっぺたつねるの、イザングラン君。やめて。いたい」
「………」
イザングランは無言でミゲルの頬を抓る。そんなイザングランの頬がわずかに膨れているのを見てミゲルが嘆く。
「もおお~、なにむくれてるんだよお~。そういうときはちゃんと言ってえ~」
「………――」
ようやくミゲルの頬を放したイザングランが自分の気持ちを言語化しようとするが、上手くいかない。
「……ミゲルがアレクを褒めるのが気に入らない……?」
「ええー……。それひどくない……? アレクさんを褒めるのくらいよくない……? アレクさんは素晴らしい人なんだから、みんなで褒めたたえようよ!」
「いやいや、なんでそうなるんだ?」
「それは悪くないが……」
「悪くないわね……」
「待て待て待て。おまえらいきなりどうした?」
慌てるアレクに珍しく構わず、イザングランの手はもにもにと何かを作るような動作をし、何かを表現しようとしていた。
「アレクを褒め称えるのは構わないんだが……」
「いや、構うんだけど」
「あまり多くの人間にアレクの素晴らしさを知られすぎるのは……こう……どうも………」
「それは、わかる」
マデレイネは深く肯いて同意を示す。
「そうかなあ? 好きな気持ちはみんなで分かちあったほうが楽しさ倍! うれしさも倍! って感じでおれ的にはお得なんだけど」
「それも、わかる」
再び肯くマデレイネの手もイザングランにつられたようで、もにもにと動き出した。二人してわきわきと動かす。
脳内の考えを言語化するのが余程難しいようだった。
「おまえら、休憩したいならそう言えよ」
脳内の言語化をなんとか試みる二人とそれを待つ一人に、居たたまれなくなったアレクが立ち上がる。その耳は仄かに赤かった。
(照れてるな)
(照れてるのね)
(照れてるなー)
三人の心はこの瞬間だけひとつになった。
アレクはバスケットに入れて持ってきたパウンドケーキを並べると、給湯室に向かう。
「茶ァいれてくるな」
「僕も手伝う」
「ありがとな」
給湯室に向かう二人の背中を少しばかり眺めてから、ミゲルは腕組みをした。
「うーん……」
「……? どうかした?」
「えっ、い、いえ、たいしたことじゃ」
「そう」
ミゲルは自分から教本へ興味を映したマデレイネに胸をなでおろす。
マデレイネとしゃべれるのは嬉しいのだが、緊張してしまう。
美しいマデレイネの横顔を時折盗み見ながら、ミゲルは先ほどのイザングランの言動を思い返していた。
ミゲルは七人姉弟の四番目で、結婚した姉と兄がいる。どちらも恋愛結婚で、すぐ上の兄も現在恋人がいる。
恋をしている人間を間近に見てきたのだ。
時に喜び、時に悲しみ、時にのろけ、時に周りを巻き込んで大騒ぎし、と実に忙しかった。個人差はあるにせよ、ミゲルの姉兄はそうだった。
先ほどのイザングランはどうにもアレクを独り占めしたがっているように思えた。イザングランには自覚がないようだったが。
ミゲルから見てイザングランがアレクに懐いているのは間違いない。今まではそれはひな鳥が親に懐くようなものかと思っていたのだ。家庭環境が複雑なようだから、頼りがいのあるアレクに家族の暖かさを見出しているのだろう、と。
けれど今日のイザングランの様子はそれとは違うような気がする。
もしやこれはイザングランの初めての同性の友人として彼の恋路を手伝うべきなのでは?
などと、自主勉強そっちのけでミゲルが頭を悩ませていると、茶を淹れ終えた二人が戻って来た。
「どうした。難しい顔をして、珍しい。解らない箇所でもあったのか」
「あ、ううん。大丈夫」
「そうか」
良い香りの茶で喉を潤しながら、ミゲルは己を戒めた。
ここは慎重にいくべきだ。最初の一手を間違えると今の二人の良い雰囲気を壊しかねない。
まだ姉兄が片思いだったころ、応援しようと妹達とがんばったはいいが空回りしてしまった悲しいアレコレが思い出される。
その時に姉兄達からは「気持ちは嬉しいけどぶっちゃけ大きなお世話だから二度とやってくれるな」と面と向かってきつく言い含められた。
ミゲルはそろりとアレクとイザングランをうかがう。
ふたりの間にはなんども心地良い、やわらかな空気が流れている。
この空気を壊してはダメだ。ぜったいに。
しばらく様子をみよう、とミゲルは固く決意した。
そしてこれをマデレイネに知られないようにしよう、とも。
ミゲルの勘だが、本人さえ気付いていないイザングランの気持ちを知れば、おそらくマデレイネはアレクとの邪魔をするだろう。
友情だと思っている今でさえそうなのだから。
冷える前にミゲルは美味しい茶を飲み干した。
イザングランとアレクの仲がうまくいって、自分とマデレイネもうまくいきますように、と祈りながら。
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