第10話

 イザングランがマデレイネの存在を知ってから数日。

 何日も徹夜し、死んだように眠り、作業を再開させるのは効率が悪いと気が付いたらしい彼女の姿を一日一回は食堂で見かけるようになった。

 それは別段どうでもいい。一日一回だろうが二回だろうが好きに食べればいい。イザングランには関係も興味もない事象だ。

 問題はアレクに懐いていることだ。懐きすぎている。

 食堂に来るのもどうやらアレクに会いに来ているようだった。

 イザングランがアレクに頼んで作ってもらった料理を食べていると、どこから嗅ぎ付けてくるのか高確率で現れて食べていく。

 アレクに頼むこともあれば、問答無用でイザングランのものを食べることもあった。

 人のものを食べるな、と何度も意見しているが聞き入れる気はなさそうだった。最近のアレクはそれを見越して多めに料理を作っている。

 どうしてこうもアレクの手料理に執着しているのかといえば、なんのことはない。先日のマデレイネの惨状にお節介を発揮したアレクが夜食を届けたからだった。

 自動人形とアレクの手料理の違いがわかるのはけっこうだが、選択授業が一緒だからといって少し、……だいぶ厚かましくはないだろうか。

 料理が美味しいのも気立てが良いのもアレクの美徳だが、こうなると少々厄介だった。

 食事をせびりに来るだけだったのが、だんだんと出現頻度が高くなり、午後の間食おやつの時間まで現れるようになり、とうとう朝の読書の時間にまで参加するようになっていた。

 不満を前面に押し出す自分とは違い、アレクが笑顔で相手をするのも気に入らない理由のひとつだ。

 普段であればアレクと静かな時間をすごしていたのに、マデレイネのせいでまったく静かに過ごせていない。

 アレクに本を勧めたり、円滑に読み進めるよう助言めいたことをしたり、とイザングランがしていたことをマデレイネがしているおかげでイザングランはただ本を読んでいるだけの時間になっている。

 いらいらと落ち着かない気持ちで本を読む合間にアレクとマデレイネを見やる。二人は仲良さそうに椅子を並べて本を読んでいるのだ。

 王族のマデレイネが平民のアレクを侮蔑したりしないのは良い事だ。良い事なのだが、面白くない。

 アレクは機嫌を損ねているイザングランに気付かずマデレイネと話している。

 図書館であるから秘めやかな二人の笑い声が耳に届く。イザングランはそんな二人を見ているしかできなかった。



「マデレイネ王女。あなたはアレクに馴れ馴れしすぎるのでは」

「王女はいらないわ、マデレイネで結構よ。そんな事はないわ。むしろ君のほうが馴れ馴れしい」

「うぐっ」


 とうとう我慢がしきれなくなったイザングランが牽制するつもりで言い放った言葉はそれ以上の威力でもって打ち返された。


「私はアレクと同性だもの。いっしょにいてもなんの問題もないわ。男のくせいにひよこみたいにアレクの後ろをついて回って、事あるごとにアレクに頼み事する君のほうがよっぽど問題だと思うわ」

「……」


 客観的な事実を言われて思いがけず言葉につまる。

 イザングラン自身もうすうす感じてはいたのだ。

 授業中はともかく、日常生活において自分はアレクに頼り過ぎ、悪く言うなら依存しすぎなのではないか? と。

 そんな事はない、と言い返せないくらいにはマデレイネの言葉は深くイザングランの胸に突き刺さった。


「アレクと同室で、やさしいからって調子に乗り過ぎているのではないかしら」

「べつに、調子に乗ってる訳じゃない」

「へえ、そうなの」


 マデレイネからの疑惑の眼差しを避けるよう顔をそむけた。

 本当に調子に乗っているつもりはなかったのだ。ただ、無自覚に甘えていたのだと気付かされた。

 冷静に考えれば同室であるというだけでこうも一緒にいる必要はないよう思えた。

 いやしかし、自分はアレクと気が合うのだから一緒に行動することに何の問題もない。そのはずだ。


「僕はアレクと友達だからなんの問題もない」

「なら私はアレクと親友だから君に何かを言われる筋合いはないわ」

「………」


 なんだ、親友って。

 それを言うならマデレイネよりもアレクとすごした時間の多い自分は大親友と言っても過言ではないはずだ。

 と、いうようなことを延々と中庭の猫達に愚痴っていた。

 餌とおもちゃで釣っていたが、イザングランの鬱々とした空気が面倒になったのか一匹、また一匹と側を離れていった。

 ぽつねんと一人になってしまったイザングランはすねたまま猫用のおもちゃを空振りした。

 思い思いの場所で寝転びくつろぐ猫達はそんなイザングランに見向きもしない。

 ため息ひとつを深く吐いて、イザングランはおもちゃをしまい立ち上がる。このおもちゃもイザングランのためにアレクが作ってくれたものだった。


「……」


 ズボンについた草の葉を払い、持って来た本を抱えて中庭を出る。読もうと思って持ってきたのに愚痴るばかりで一ページも進んでいない。

 歩きながら入学式から今日までの生活を振り返っていく。


「…………」


 おはようからおやすみまでアレクとすごしていた。例外は今のような授業が被らなかった時くらいか。

 これはマズイのではないだろうか。

 大量の冷や汗を浮かべながらイザングランは考える。


 このままではアレクがいなければ自分は何もできなくなるのでは?

 もしくは、あのひとのように些細な物事まで根ほり葉ほり聞き出そうとする過干渉になるのでは?

 暖かな陽の光が降り注いでいるというのにイザングランは身震いをした。


 どちらもごめんだ。僕は母のようにああはならない。


 静かに決意し、しっかりと床石を踏みしめて次の授業に向かう。

 まずはどこに行くにもアレクを誘うのはやめよう、と誓って。たいそうさみしい気がするが。

 アレクに手間をかけさせているのだし、手料理を作ってもらうのもやめよう。自動人形達の用意する食事だって悪くない。

 そうやってアレク離れをする考えを固めたイザングランがそれを後悔するのはしばらくしてからのことだった。

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