第9話

 アレクの手料理の味を知ってからというもの、イザングランはたびたびアレクに料理を作ってもらうようになった。

 朝の茶会以外に早起きの楽しみが増えたことで今のイザングランにとって早起きは文字通り朝飯前だ。

 自動人形達が作ったものとたいして変わらないだろうに、とアレクは不思議そうだったが、イザングランが食べたいと言えば、よほど時間に追われていなければたいてい作ってくれた。

 アレクの郷土料理はどれも美味しかったし、デザートやおやつもすべて美味しかった。

 おそらく実家で食べてきた菓子類より値の張るものなどないだろう。けれど、そのどれよりも美味しかった。イザングランには間違いなくそう感じられたのだった。


 今日もイザングランは朝からアレクの手料理を待っていた。

 手伝えることはすべて手伝い、あとは皿に盛るだけだからと席に送り出されたので、おとなしく自分で入れたカフェオレをお供に文庫本を読んでいる。

 頭をすっきりさせるならブラックを飲むべきなのだろうが、牛乳は身長……もとい、成長に効くらしいので、折衝案だ。

 始めは牛乳が少なすぎたり、入れすぎたり、と眉をしかめる出来のものが多かったが、最近ではそこそこ納得のいくものが淹れられるようになった。

 それでもアレクの淹れてくれるカフェオレのほうが美味しいのはなぜだろう。


「ほい。お待ちどうさん」

「ありがとう」


 イザングランと自分の分の食事をのせたトレイを置き、アレクは厨房にエプロンを置いてくるため戻っていく。

 イザングランは栞をはさんで本を閉じた。

 今日はスープとパンとサラダと目玉焼きにハムだ。

 朝食はだいたいこのメニューで、けれどスープは具が違ったり、出汁が違っていたりと飽きないようにしているらしい。玉子はスクランブルエッグになったりゆで玉子になったりする。イザングランのリクエストで米を炊いてもらう日もある。

 シンプルだけれど、アレクが作るととんでもなく美味しく感じるのだから不思議だった。

 さて今日はどれから食べよう、と美味しそうな朝食に視線を送っていると、向かいのアレクの朝食が視界の隅で消えていく。


 食前のお祈りもせずに食べるだなんて珍しい。


 よほど腹が減っていくのか、と顔を上げると座っていたのはアレクではなかった。見知らぬ女だ。

 まさかアレク以外が座っているとは夢にも思わず、イザングランは挙動を止めた。

 誰だの一言も発せずにいるうち、アレクの朝食はどんどん減っていく。


「おい。食べるのを止めろ」

「……はぐはぐ」

「それはお前の食事じゃない」

「………もぐもぐ」

「おい、聞いているのか」

「…………むしゃむしゃ」


 こちらの声が聞こえているのかいないのか、それとも故意に無視しているのか、女は一心不乱に食べ続ける。

 このままではアレクの食事がなくなってしまう。ひっぱたいてでも止めるべきか、とイザングランが拳を作りかけたとき、隣にアレクが座った。

 スープとパンとサラダまではいっしょだったが、目玉焼きはスクランブルエッグになっていた。おそらく、アレクが焼いたものではなく、寮生のために自動人形が焼いたものだろう。


「いやー、すげー食べっぷりだよなー」


 いただきます、と食前の祈りを捧げてアレクが食べ始めたので、イザングランもそれにならう。


「勝手に食べられたのに、いいのか?」

「いーよ、べつに。自動人形みんなが作ってくれたのがあるし」

「………」


 イザングランとしてはアレクが蔑ろにされたようで腹立たしかったが、アレクがそれでいいならば、と反論せずに朝食を食べ進める。

 絶品のアレクの朝食を味わっているようには思えない早さで皿を空にした女はそれを持って立ち上がる。

 どうやらおかわりをするようだ。

 あまり胃袋の大きくないイザングランは信じられないものを見る目で女を見た。


「見た目によらずよく食べるんだなあ、マデレイネは」

「知ってるのか」

「うん」


 この寮にいるものは同学年ではあるものの、取っている授業が違ったりしてまるきり接点のない者も多い。

 イザングランは必要がなければ覚える気がないので、自発的に顔と名前を覚えているのはアレク以外では教師だけだ。


「機巧科と考古学の授業がいっしょでさ、よく組んでる」

「そうなのか」


 機巧は魔力を込めた魔石を動力源とする人形などを指す。身近な例としては学園のあちこちにいる自動人形達がそうだ。

 ほとんどの魔術師はいちから作らねばならない機巧を学ばず、降霊術や使役術などを学んで使い魔を持つ場合がほとんどなので、今現在は廃れていっているもののひとつだ。

 ただ、魔力が少なくとも魔力を充てんした魔石を核とすればどんな者にでも扱うことができるので、アレク向きではある。

 授業で使う石にこめる魔力をイザングランも提供した事がある。


「だがあの女……マデレイネは内臓魔力は十分あるようだが……」


 服は薄汚れているが生地は良いもののようだし、髪はぼさぼさで鳥の巣といい勝負の乱れ具合だが所作には染みついた高貴さが滲んでいる。

 つまり、そこそこ良家の出、という事だろう。

 魔力の少ない者が機巧を作り、魔力と金のある魔術師に売る、というのはよく聞く。腕の良い者は数少ない機巧職人として重宝されることもある。

 そのどちらにも当てはまらないマデレイネはなぜ機巧を選択したのだろう。

 その答えはすぐにアレクからもたされた。


「マデレイネは機巧が大好きでさ、いつかは機巧職人になりたいんだとさ。考古学も発掘された古代機巧目当てで取ってるらしい。

 んで、機巧のことを調べたり、作ったりしていつもは実験棟にこもってんだけど、腹が減りすぎたり眠すぎると寮に帰って来るんだよ。あの顔はたぶん三日くらい徹夜したんだろうな」

「なるほど」


 妙な臭気はそのせいか、とイザングランは眉根を寄せた。

 きれい好きな自動人形洗濯係達がそわそわしているのもそのせいなのだろう。


「弁当か携帯食でも持ってきゃいいのになー」

「定期的に休息を取ったほうが作業効率はいいぞ」

「だよなあ」


 マデレイネはおかわりを持ってきてガツガツと食べ始め、完食したところで勢いよく寝落ちした。ゴン、と痛そうな音を立てて机に突っ伏したが、起きる気配はない。


「アレク、そろそろ行くぞ。あとは自動人形達に任せておけ」

「あー……うん」


 世話を焼きたそうなアレクを促す。もたもたしていると読書の時間がなくなってしまう。

 洗濯係と掃除係の自動人形達がわらわらとマデレイネに群がったが、やはり起きる気配はなかった。


「しかし、いくら優秀でも授業の出席率が悪すぎれば留年か退学だろうに。他の授業は大丈夫なのか、アレは」

「ああうん、大丈夫。機巧と考古学しか取ってないってさ」

「……将来、職人になる気しかなさそうだな」

「そうだろうな。兄ちゃんが結婚して息子もいるし、王位はぜったい継がないってさ」

「………王位?」

「ウェリエーズ国の王太子の妹なんだってさ、マデレイネ」

「……………そうか」


 そこそこどころではない家の出だった。

 確かにマデレイネという名の王族はウェリエーズ国にいたな、とこめかみをもみほぐすイザングランだった。

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