第8話

 いつものように朝のお茶を終え、アレクと二人で食堂に向かうとそこには忙しく働く自動人形達の姿はなく、広い食堂はがらんとしていた。

 朝食の良い匂いも、それに伴う空気の暖かさもない。

 水やりのない日は学園の図書室で読書をするのが最近の日課になっていた二人が早起きだったことを差し引いても、自動人形達がいないのはおかしい。

 魔力を動力源にしている自動人形には整備は必要でも飲食や睡眠は必要ないからだ。


 人形が寝坊する訳もあるまいし、不具合でも起こしたのだろうか。


 寒々しい食堂に足を踏み入れ、イザングランは一枚の書置きを見つけた。


「……これは……」


 アレクも覗き見て、首を傾げる。


「……すとらいきします。すとらいきってなんだ?」

「労働者が働かないことで雇用者に抗議することだ」

「……ふーん? つまりみんなの気がすむまで働かないってことか?」

「その可能性は高いだろうな」


 腕まくりをしながら厨房に入っていくアレクのあとについてイザングランも厨房に入る。

 厨房の中は初めて見るものばかりだった。

 食材は一通りそろっており、冷蔵庫や冷凍庫も稼働している。

 ジャガイモやニンジン、玉ねぎあたりまではイザングランにもわかったが、他にも見ただけでは何の食材なのか、何に使うのかわからないものが多い。

 イザングランはため息をついて肩を落とす。

 書置きにはストライキするむねと食事は各自で用意するよう記されていた。

 自慢ではないが、食事を自分で用意したことなどない。

 パンももちろん用意などされている訳もなく、りんごの丸かじりでもしてしのごうか、と考えていたイザングランにアレクの声がかかった。


「なんか食いたいもんあるか? ないならかってに作っちまうけど」

「え」


 アレクの言葉を咀嚼し、内容を理解するのに一秒。

 要望を思いつくのに一秒。

 それを言うか迷って一秒。

 もにもにと嬉しさに上がりかける口角を制御して、けっきょくそれを口にした。


「手間でなければ、アレクの故郷の料理を食べてみたい」


 面倒がられるかもしれない、とアレクの顔色をうかがう。

 アレクはその青い瞳を少しだけ見開いてからすぐにたちまち顔を綻ばせた。


「うしっ! 待ってろよー!」


 改めて腕まくりをし、張り切った様子のアレクにイザングランは密かに胸をなでおろした。同室者と気まずくなると日常生活が不便になるからだ、と誰にともなく理由付けをしておいた。


 アレクはまず手を洗い、次々に食材を選んでいく。その姿は実に楽しそうであった。

 イザングランは何が手伝えるわけでもなかったが、手際よく調理を進めていくアレクの後ろを付いて回った。

 そんなイザングランをほほえましく見守りながら、アレクは野菜を取らせたり、洗わせたりと簡単な作業を手伝わせてやった。


 アレクが一番初めに火にかけた鍋が蓋とのすき間から勢いよく湯気を吹き出し、沸騰したことを知らせてきた。アレクが何度か洗っていた小さくて白いつぶつぶしたものが入っている鍋だ。コメと言うらしい。

 ぶくぶくと泡を吐き出すようになるまで放っておいて、それから弱火にして砂時計をひっくり返した。厨房にいくつかある砂時計のうちの一つで、十分を知らせるものだ。

 そのとなりのコンロではスープが湯気を登らせていた。イザングランの嗅いだことのない匂いがしている。コンロの火を消し、ミソという調味料を溶かしてアレクはコンロから鍋を下ろした。

 かわりにフライパンをのせて、今度は玉子を割る。器用に玉子を割るアレクの手元を興味津々見つめていると「やってみるか?」と誘われたのでひとつ割ってみた。


「うん。初めてにしては上出来だな」

「………」


 無残に潰れてしまった黄身と入ってしまったカラにイザングランは渋面を作る。

 アレクは気にした風もなく、カラを取り除いて玉子を攪拌していく。調味料を混ぜて油を引いたフライパンに流し込んでいく。

 ジュウ、と小気味良い音がイザングランの耳を刺激した。

 アレクは巧みにフライパンを動かし傾け、菜箸を使いくるくると玉子を巻いていく。

 ぶ厚く焼き上がった玉子をまな板にのせ、等間隔に切っていけば茶と黄と白でできた渦巻き模様が現れた。ふんわりと甘い匂いがする。


「食器出してくれー」

「わかった」


 スープを二人分よそい、玉子を盛り付け、冷凍保存してあった魚を塩焼きにしたものを皿にのせる。

 生野菜が苦手なイザングランに配慮してサラダは温野菜だ。デザートに果物もついた立派な朝食ができあがった。

 いつの間に火を消していたのか、コメを煮ていた鍋をコンロから降ろし、重そうに見える蓋をどける。もわ、と大量の湯気が溢れ出た。コメは火にかける前よりも膨らんでいるようだった。


「よし、うまく炊けた。米まであるとか品ぞろえいいよなー」


 炊けた米を器によそいながらうきうきとした様子でアレクが言う。

 どうにもアレクの故郷は辺境すぎて、この辺りでは珍しい食材となってしまうようだった。


「夕飯はパンにするか? まだすとらいきをしてたらだけど」


 アレクの手料理を腹に収めながらイザングランはこくこくとうなずいた。

 初めて食べる味ばかりだったが、この上なく美味しい。イザングランは自動人形達のストライキに感謝した。

 アレクも食べながら照れ笑いを浮かべる。


「口にあったんならよかったよ。いやあ、家族以外に料理を振る舞うとか初めてだからさ」


 初めて。

 その言葉を反芻しながら食べ進める。スープはミソ汁というそうだ。


「でもなんですとらいきをしたんだろうなあ」

「普通なら待遇改善や賃金上昇を求めて起こすものらしいが。自動人形達に賃金は関係ないし、何かしら不満があったのだろう」

「うーん。なにが不満なんだろうな?」

「さあな」


 二人は与り知らぬことであったが、自動人形達は自分達にやさしく接してしてくれるアレクが大層気に入っていた。

 そんなアレクにあからさまに不躾な態度を取る一部の貴族に腹を立てた自動人形達が一計を案じたのだった。

 何をするにも人を使う貴族階級とは違い、平民は材料さえあれば食事を作れるものだ。従者や使用人の同行が認められていない寮ならではといえる。

 もちろんあけすけにそんな理由を書いたりはしていない。あくまで自分達に傲慢な態度を取るのが許せない、という体で貴族たちへの態度改善を申し入れているのだった。


「夕食はリクエストあるか?」

「……」


 アレクの故郷の料理が食べたいとは思ったが、二連続というのもな、と思い直しアレクの好きなものをリクエストすることにした。


「朝は僕のリクエストだったから、夜はアレクの好きなものがいい」

「おっけー」


 アレクと同じものを食べていれば背が伸びそうだ、と考えたことは秘密だ。


 食べ終わり、イザングランは片付けを手伝う。


「ありがとうな、助かる」

「別にたいした手間じゃない」


 素直じゃないよなあ、とアレクは穏やかに笑った。


 すっかり片付けが終わったころに寝坊助組の貴族がやってきた。

 ちなみに数少ない平民達は書置きを見つけて早々に学園の食堂へ向かった。彼らも早起きで、朝食を作る時間は十二分にあったのだが、作っているうちに貴族が来れば何かと面倒な事になりかねない、と足早に寮をあとにしていたのだった。

 早起き貴族達もそれにならって学園食堂へ向かっている。

 今現在書置きを見つけて騒ぎ散らかしているのは彼ら以外の極めて横暴な貴族ばかりだった。


「さー、行くか」

「ああ」


 学園へ向かおうとした二人を慌てふためく貴族の一人が呼び止める。イザングランがいるのにも構えないくらい切羽つまっているらしい。


「おいっ、そこの貧乏人! 俺の食事を急いで作れ! できなかったらどうなるかわかってるんだろうな?!」


 歩みを止め、やる気なさげにどうしようっかなーと思案顔をしたアレクよりも先にイザングランが怒気と共に言葉を発した。


「おいお前。それは僕のルームメイトに言ったのか?」

「あ、え、いやその」


 じり、と貴族の男が後ずさる。


「オレ、いや私は、その、食事を作った事などありませんので、それに長けている者に作らせるべきだと思ったまででして……!」

「ほう?」


 少しばかり怒気の治まったイザングランに貴族が愛想笑いをその顔に貼り付ける。なんとも薄っぺらい笑いだった。


「確かに専門家に任せるのが一番だろうな。パンはパン屋に焼かせた方がいいに決まっている」

「そ、そうでしょう、そうでしょう!」


 慇懃に手をもむ貴族にイザングランは美しいその口の端を釣り上げた。目はまったく笑っておらず、むしろ吹雪く極寒の雪原のごとく底冷えしていた。


「だがアレクは別段料理人ではないし、君に雇われている使用人という訳でもないな?」

「あ、う、それは、その」


 口ごもる貴族の横をすり抜けて、イザングランはアレクを促し食堂を出ていく。


「すまないが始業前に予習を済ませておきたいのでね、これで失礼させてもらう。行くぞアレク」

「ほいほい」


 イザングランに言われるままその隣に並んだアレクはちらりと貴族を盗み見た。


「……いいのか、イジー。あいつすっげえイジーのことにらんでるぞ」

「別にいい。僕に直接何かをする度胸などないだろう。されたとしても僕なら対処できる」

「そっか」


 イザングランには家や魔術という強力な対抗手段がある。間違ってもアレクに矛先が向かないようにしたつもりだが、成功したようでイザングランは安堵した。


「……ありがとな」

「礼を言うのは僕のほうだろう。ありがとう。美味かった」


 照れて顔を赤らめたアレクが目を細める。


「夕飯もそう言ってもらえるように気合いれなくっちゃな!」


 夕飯は自動人形達に事前に交渉して手に入れた酵母を使ったふわふわパンと肉だった。

 他の生徒達は学園長が人形達に取り成してストライキが終わるまで、食事の用意に難儀したようだったが、イザングランはまったくそんなことはなく。実に快適な一週間をすごした。

 ストライキ中アレクの手作り料理を堪能したイザングランはしっかり胃袋を掴まれていた。


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ストライキ(英語: strike)とは労働者による争議行為の一種で、労働法の争議権の行使として雇用側(使用者)の行動などに反対して被雇用側(労働者、あるいは労働組合)が労働を行わないで抗議することである。日本語では「同盟罷業[1]」(どうめいひぎょう)あるいは「同盟罷工[1]」と呼ばれ、一般には「スト[1]」と略される。

転じて、ハンガー・ストライキなど労働争議ではないが組織的な抗議行動を指すこともある。

(wikipediaより)

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