第574話 赤の勇者の要望事項


 軽く咳払いをしてノヴァは言った。


「私は今、ユーマ殿の宿でこうしてパンを焼かせてもらっている」

「うん、そうだな」


 パンを焼いてもらっている、の方が正しいけどな。


「だが、私個人としては――」


 嫌な流れ。

 なんかすごい不満があるんだろうか。

 そんな俺の予想を裏切ってノヴァは、


「――もっといろんなパンを焼きたいと考えている。もっと言えばお店を出したい」

「パン屋さんデス!?」

「うむ。パン屋さんだ」

「お、おう。そうきたか……」


 現状の朝食提供分のパンを焼くだけでは足りないというわけだ。パン大好きだな。


「こんなところで店開いて商売になるかね?」


 宿屋をやっている俺が言えた義理では全くない。それでも立地面のマイナスについては指摘しておくべきだろう。よっぽどの“売り”がなければお客様はいちいち山を登ったりしない。


「そこで相談なのだが、麓のムラノヴォルタに店を開けないだろうか」

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