第498話 囁き


 塹壕線を迂回してくる部隊を潰す。

 これは、俺が俺自身に任じた役割だ。


 イグナイトへの説明を終えた俺は指揮所を後にして、ひとりで歩いて塹壕線を越えていく。足取りはどうしても重い。自分で提案しておいてなんだが、気は進まない。


 この期に及んで敵を殺すことを躊躇したりしない。

 しないが、嬉々として手を血で染めるわけでもない。


(ユーマよ)


 胸の裡で「ヤツ」が囁く。


(代わってやろうか? ん?)


 まさしく悪魔の囁きだな。

 俺ができることを「ヤツ」に任せるわけにはいかない。

 それは責任放棄に他ならない。


「……お前は、黙ってろ」


 胸に響く嘲笑にうんざりしながら、俺は右手で骨刀を弄んだ。


 “終焉つい先触さきぶれ”という八本の、骨でできた刃は「ヤツ」の――つまり俺の意のままに操ることができる投擲武器だ。八本同時に操作することはできないが、二、三本ならなんとかなるしそれで十分だ。


 骨刀コレを使って、帝国軍の部隊を個別に対処する。

 嚙み砕いて言うなら、『各部隊の指揮官クラスを暗殺する』のだ。 


 最初の標的の姿を捉えた。

 やはりどうにも気は進まないが、はじめるとしよう。

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