第373話 “風”は宿の面々を労えと宣った。

「旦那! 聞いてやせんぜ?」


 ブルーノが抗議の声を上げる。

 確かに明言したことはなかった。

 なかったか?

 なかったか。そうか。

 でも、


「言ってなかったとしてもこの山道登ってるんだから察してくれよ」

「いやいやいやいや」


 ブンブンと手を振るブルーノ。


「それは流石に無体と言うものよな」


 おいおいウェントリアスはブルーノそっち側につくのかよ。

 ブルーノはブルーノでしみじみと頷いた。


「タダ者じゃなかったとは思ってやしたがまさか塔の主とは」

「塔の主て」

「魔王だなんだと噂されてやしたが、噂と実際は全然違うもんですなぁ」

「魔王て」

「あっしの目に狂いはなかったってことですわな」

「いっぺん目を診てもらった方がいいぞ……」


 なんにせよ物凄い言われようである。

 やはりむしろ名乗らなくて正解だったのでは。


「――俺はただの人間だよ。そこの宿屋で支配人をやってるだけの、な。改めてよろしく、ブルーノ」


 俺が右手を差し出すとブルーノは両手で握ってきた。


「こちらこそお願いしやす!」


 ざらざらして節くれだった、ゴツい手だった。そりゃそうだ。俺の想像もつかないような苦労を重ねてきているのだろう。


「ユーマよ」


 肩の上のウェントリアスが無造作に俺の髪を引っ張った。痛てえよ。


「今日の所はもうよい。早く帰ってやるがよかろう」

「……もう少しウェントリアスと話そうと思ったんだが」

「ふん。最初に余の所に来たので良しとしてやろうと言うておる」


 皆まで言わせるな、と吐き捨て、


「早く戻ってやるがよい。傀儡くぐつが宿にしらせに行ったのでな、皆待っておるであろ」

「アイが来てたのか」


 アイも、宿の連中も、元気にやっているだろうか。


「不出来な主の代わりに、足繫く通ってくれよった」

「それはそれは」

「しかと労ってやるのだぞ」


 ウェントリアスは俺の髪をくしゃくしゃに撫でまわし、満足したのか肩から飛び降りた。


「――じゃあ、また来る」

「では、明日の昼に来るがよい。余もユーマに話があるでな」

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