第321話 教えるということ、教わるということ

 素振りの手を止めて、見据える視線の先――


 構えは互いに半身の下段。ノヴァはわたくしを相手にする時には常に受け身の立ち回りをするのですけれど、今日は常に攻める側でした。


「せやあっ!」


 気合いと共に放たれた、下から掬い上げるような一撃はしかし、いとも容易く弾かれ、同時に一瞬で間合いを詰められてしまいました。離れた場所から見ている私でも何がどうなったのかわからないような動きでした。立ち合っていたノヴァからすればその驚きはより大きなものだったでしょう。


 す、と首筋に木剣を添えられ、ノヴァは負けを認めました。


「参りました」

「剣が軽い。踏み込みも浅いがそれだけが問題ではないな」

「といいますと……」

「自分で考えろ、と言いたいところだが、今日は特別だ」


 相手をしていた年上の騎士がちらりと私を見ました。


「気迫が足らん。私に勝つつもりで打ちかかってこい。殺気の無い一撃など仮にそれが本身真剣であってもだ」

「殺気ですか」

「ノヴァは戦場に出た経験は」

「まだ、一度も」


 とおかそこらの女の子が戦場に出る事態など、わが国では起こっていませんわ。少なくとも私はそう教わっています。


「そうか。ならばまだ早いか。当分はエリザヴェート殿下のお相手をさせていただくことだな。人に教えるのも鍛錬のうちだ。私が騎士長にお前の指導を任じられているのと同じことだ」

「…………はい」


 唇をかみしめて、両手を握りしめて、ノヴァは不承不承ふしょうぶしょう頷きました。


「あの、いいのですか騎士長」

「ノヴァの処遇は奴に任せております。教え導くのは先達の務めですから。それに教わる側ノヴァの方にも問題はあります」

「そうですの?」

「あれは教えを乞う者の態度ではありません」


 言外に、私の態度も改めるように言われた気がしました。慎みましょう。ええ。

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