第300話 兄殿下ノットギルティ

「ヤツ」は朗々と、詩でも詠むかのように言葉を紡いでいた。


「されど身に覚えのないヴィクトール殿下からすればとんだ濡れ衣。言いがかりも甚だしいとしか思えぬ所業なわけであるなぁ」


 楽しそうに、いや、実際楽しいのだろう。

 俺から「ヤツ」に変わってからずっと笑っている。


「イグナイト殿下の一派が罪をなすりつけようとしていると感じても無理からぬことよ。むしろそう考えぬ方が不思議ですらある。のう、ヴィクトール殿下?」


 薄ら笑いの「ヤツ」に対して、ヴィクトールは眉ひとつ動かさなかった。


「ヤツ」は視線をつい、別の人物に向けた。


 肯定も否定もなかったが、ヴィクトールはおそらく「ヤツ」の言う通りに弟を疑っていたのだろう――


「お主は自身を標的とした架空の暗殺者を仕立てあげることで、兄二人の亀裂を深めようと画策した」


 ――そう、俺の依頼人エリザヴェートの思惑通りに。


「そしてそれは半ば以上成功しておったわけじゃ」


 ククッ、と嗤う。

 口の端が大きく引き攣れるのがわかった。

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