第299話 弟殿下イノセンス

「ヤツ」はパチパチパチとおざなりな拍手をした。


「これは賞賛よ。よくも疑り深く他人を恃まぬ兄たちを騙しおおせたものよな」


 三人の王位継承権者は誰一人口を開かなかった。


「騙された殿下おふたり、愛に目が眩みましたかな? くっくっく、儂も自分で言うて笑ってしまうがの、そんな情など持ち合わせてはおりますまい。単に読み違えただけでありましょう、妹の器量を」


「ヤツ」は目を細め口を歪め、にい、と嗤った。


「もしもイグナイト殿下が黒幕であったなら、暗殺者を雇ったならば、絶対に近衛騎士を殺すような指示は出さぬ」


 イグナイトが喉を鳴らす音が聞こえた――気がした。


「何故か? 簡単なことよ。騎士階級、ひいては貴族階級はイグナイト殿下の支持基盤であるからよ。自ら己の支持者を減らすような大悪手、指そうはずもない」


 だからこそ、


「イグナイト殿下はエリザヴェート暗殺未遂の首謀者はヴィクトール殿下であると踏んだのではないかな? んん?」


「ヤツ」に魅入られたかのように、視線を外すことなく、イグナイトは小さく、ほんの小さく首肯しゅこうした。

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