第256話 商人の不覚

 分からないことをそのままにしておくのは商人としては好ましくない。

 だから、


「アンタはその地図を書く理由を聞いてるか?」

「リユウ、デスカ?」

「そう、理由。どうして地図をかけってチビ女アイが言ったのか、わかるか?」


 アタシの問いに獣耳の女の子リュカはまたも相好そうごうを崩した。


「ちーっともわかんないデス!」

「……っ」


 マジか。

 わからねえことやらされてるのにそんな一生懸命……。


「わかんないデスケド、しっかり頑張るようにってアイに言われたデスヨ!」

「……理由もわからないのに、やるんだな?」

「アイやユーマがわかってるから大丈夫デス!!」


 キラキラした目がアタシを見てくる。

 その瞳に映るアタシは苦みと困惑の入り混じった顔をしていた。


 全幅の信頼。

 全力の献身。

 アタシはこの子のこういうところが嫌いじゃないけれど、苦手だ。


 ――アタシにはそんなものは無いから。


「……リュカはアイツらのことが大事なんだな」

「はいデスヨ!」


 迷いなく大きく頷いたリュカの頭に、アタシは手を伸ばしてくしゃくしゃと撫でてやった。リュカは余程嬉しいのか、されるがままに目を細め、口元を緩めている。


「アイは時々怖いデスし、ユーマが本気の時はもっと怖いデスケド、ジブンはふたりとも大好きデス! 家族デス!」


 細く柔らかな髪が指先に心地いい。

 家族、ね。

 

「いいな、そういうの」


 別に羨ましいわけじゃないけど、でも、いいな、と素直に思った。


「クラリッサもデスヨ?」




「あ?」


「クラリッサも好きデス!」

「……あのなあ」



 何を、



「ジブンの家族デスヨ!」



 言って……――くそっ。



「わかった。わかったから、地図を書くの頼まれた仕事を続けてろよ」


 私は撫でるのをやめてそっぽを向いた。

 顔を、こんな顔を見られたくはなかったからだ。

 リュカを相手にしてると、やっぱりどうにも調子が狂っていけない。


 本当に、いけない。

 勘違いしそうになる――

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