第198話 お優しくあられる王子殿下の仮面

 だだっ広い謁見の間に、お供も連れずにひとり立つ王子。


 帯剣すらしていない。ていに言って隙だらけだ。ただの馬鹿なのか。それとも大物なのか。ただの馬鹿ならいいんだが、ここまでの印象で馬鹿ではなさそうなのはわかる。


「王子殿下は私が何しに王宮に参じたかご存じで?」

「妹が君を招いたことは知っているよ」

「そのエリザヴェート王女殿下が殺されかけたのは? そしてそれを防ぐために騎士がひとり犠牲になったのは?」

「勿論知っているよ」


 ヴィクトールは一瞬だけ俺の背後に目をやった。妹の表情を見たのだ。

 王子殿下は口元を緩め、


「妹が世話になったようだね。感謝する。御礼を言わせて欲しい」


 俺に対して目礼した。頭を下げることはしないまでもどこの馬の骨とも知らぬ平民風情に随分と丁寧なことだ。


「とりあえず必要経費を請求させてもらいます」


 なので、図々しく告げてみたのだが、王子殿下は拍子抜けしたような顔。僅かな間があって、くすりと笑った。やっと感情を見せたな。


「――存外、欲が無いのだね」

「そうでもありません」


 欲深くなければ死霊術師ネクロマンサーに騙されて異世界転生などするものか。


(だーかーらー合意の上じゃと言うておろうが!)


 はいは、。合意合意。

 今は「ヤツ」の相手をしている暇は無い。


「おや、そうなのかい?」


 話を戻そう。本題に入るために。


「御父上のご容態は、その後、いかがですか?」


 ゆっくりと言葉を区切って、告げるように、問う。

 するとようやくヴィクトールの顔色が変わった。

 温厚な王子の仮面の下から微かに支配者の冷徹さが滲んだ程度だが、それでも変化は変化だ。


「………王のことも妹から聞いたのかい?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る