第196話 もうひとりの兄王子

 イグナイトの姿が見えなくなったのを確認してから、ノヴァは苦言を呈した。


「ユーマ殿、王宮内で剣を抜くのはやめていただきたい」

「ああ。気をつける」

「エリザヴェート様でも庇いきれなくなる」

「悪かったよ」


 なるべく気をつけはするけれども、約束はできないな、とこっそり胸中で俺は思う。前にも述べたが王宮内ここは敵地だ。不測の事態はいつだって起こりうる。

 

 仮にさっきのイグナイトが“敵”だとするなら、どう動くだろうか。

 そもそもエリザヴェートに刺客を放ったのはヤツなのか?

 決めつけるには情報がやはり足りない。

 第一印象は最悪だったが、それはお互い様だろう。

 ……これは、後で情報収集しないとだな。


「ノヴァも気を付けろよ」

「む。私は宮中で剣など抜かぬぞ」


 油断するな、という意味で注意喚起したつもりなんだが、全く伝わってなさそうだ……。いざという時には身を盾にしてでもエリザヴェートを護りそうでなんだよなあ。それでノヴァに死なれると俺が困る。とは口には出せんよなあ。うーむ。



 俺たちは、イグナイトが去っていったのとは違う方向に廊下を曲がり、階段を上がって、また廊下、また階段。そんな移動を何度か繰り返し、方向感覚がやや怪しくなってきた頃、巨大で立派な扉に行き当たった。

 扉に衛兵は付いていないもののおそらくこの先が――


「謁見の間か?」

「その通りですわ。どうぞ、ユーマ様」


 エリザヴェートに促され扉を押し開けると、広間の最奥に玉座があった。

 玉座は空席。

 その隣に、一人の男が朗らかな笑顔を浮かべて立っていた。

 彼が第一王位継承権者か。


「ようこそ、宿屋の主人あるじ死霊術師ネクロマンサー殿」

「はじめまして、次期王様」


 一見するとイグナイトよりは友好的か?

 どうだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る