第十二章

第190話 用心という名の小細工

 スーツケースを部屋に置いて、窓から姉妹の宿を脱出。

 来た時と同じくマントを羽織って元いたデカい宿に戻る。

 再度塀をよじ登り三階の廊下の窓から侵入。


「じゃ、行くか」


 と、階段を下る俺に「ヤツ」が声をかけてくる。


(ユーマよ、この一連の動作は何かのまじないかの?)


 まじないというか、念のための用心だな。

 こっちのデカい宿を俺のねぐらだと思ってくれればいい。


(誰に?)



 誰って……、誰とも知らない誰かに、だな。

 誰か知らんが、こっちの動きはある程度見透かされてる。

 用心に越したことはない。

 もっとも、今はエリザヴェートとノヴァに注目してるだろうから、この小細工にさほど意味はないと思うけどな


「おっと――」


 一階に下りると、フロントカウンターで客引きの男が暇そうにしていた。仕事をしろ仕事を。彼はこちらに気付いて近づいてくる。


「お出かけですか?」

「ああ、戻りは遅くなる。来客があった時は、頼むぞ」


 と、銅貨を二枚握らせる。


「お気を付けて!」


 背筋を伸ばして丁寧に送り出してくれる。文字通り現金な奴だ。金でコントロールできる奴は簡単でいい。より多くの金で転ぶから微塵も信用できないが。


 ――じゃ、王宮へ行くとするか。


(ようやくじゃなぁ)


 と、「ヤツ」がしみじみと言った。

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