第163話 善良な村人と悪辣な軍人の対峙

 落とし穴の深さは相当なものである。骸骨兵スケルトンウォリアーたちが手隙の時にちょいちょい掘り続けて今ではすっかり脱出困難なレベル。それがあちこちにあり、正確な場所は俺とアイしか把握していない。


「隊長っ」

「俺に構わず撤退しろ」

「しかし!」

「我々の任務は情報を持ち帰ることだ。俺はひとりでどうとでもなる。行けっ」


 俺の方も隊長殿の救助を許すつもりはない。

 残った6人を骸骨兵が追い立てていく。

 上手いこと軽傷を負わせつつ、国境線の向こうまで押し返したいところだ。


 ――ま、そっちはアイに任せておくとして。

 俺は俺のやるべきことをやろう。

 情報収集である。


「くっ。登れん!」

 

 とかやっている隊長に近づいていく。

 穴の中から気合いの声が聞こえてくるが、気合でどうにかなる問題でもなかろう。

 そこへ俺は通りすがりの村人を装って話しかけてやる。


「もしもーし。どうしましたー?」

「誰かいるのかっ! 落とし穴に落ちたのだ! 助けてくれ!」

「うわー、結構深いですねえ」


 と他人事のように言う俺。まあまあ棒読みだ。


「なにかロープのようなものを木に括りつけて穴の中に落としてくれ」

「丁度持ってます!」


 用意してきたからな。


 近くの木にロープを括りつけ、穴に投げ落とす。

 俺は待機。

 流石にロープがあると早い。隊長は無事脱出してきた。


「大丈夫ですか?」

「助かった。礼を言う」

「いえいえ。よかったら、どうぞ」


 と、俺は水袋を渡してやった。


「いいのか」

「どうぞどうぞ。困った時はお互い様ですよ。ところで、そちらの胸の紋章は――」

「ああ、気付いてしまったか」


 すう、と隊長の気配が変わった。穏から緊に。


「お察しの通り、我が帝国の紋章だ。水をありがとう。ありがとうついでに、死んでくれ」


 隊長は素早い動きで俺の喉元に手を伸ばしてきた。


「残念だよ」


 誠に残念に思う。大人しくしていれば情報だけで済んだのにな。

 恩を仇で返すとはまさにこのことだ。

 俺はすい、と身を躱しつつ、虚空から骨刀――“終焉つい先触さきぶれ”の一刀――を引き抜き投擲。


「ぐあああっ!?」


 それは完璧な威力とコントロールで隊長の右の掌を木に縫い留めた。


「俺の命を狙ったからには、俺に命を弄ばれても文句はあるまい? ん?」

「貴様は……一体、何者だ……」


 答える義務も義理も無い。

 そもそも、質問するのは俺の方なのだ。

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