禁止設定されたワード

青白く燃え盛るオーラを放ち、

ほのかに光り輝きながら

幽鬼の如くいきり立つ女、愛倫アイリン


体を中心に、彼女の左右両脇を

挟むようにして武器が宙に浮いている、

左右の上段には銃、下段には剣が。


愛倫アイリンが使う武器は

彼女の体内に蓄積されている

エネルギー量に直結しており、

つまりこれは完全復活を意味していた。


「……チッ、復活させちまったか」


中級悪魔はそのただならぬ気配から

レジェンド級サキュバスが回復したことを悟った。


いくら相手がサキュバスだからとは言え、

まさか戦場で、戦闘している真っ最中に

男とキッスして復活するとは

思いもよらなかったであろう、

たとえ混沌をモットーとする悪魔だとしても。


人間でも愛する相手との睦言むつごと

生きる活力を得ることはあるものだが、

それが性愛に生きるサキュバスであればなおのこと。

愛倫アイリンは慎之介に分け与えられた精気を大事に

何十倍にも増幅させ、能力を飛躍的に高めていた。



悪魔の群れに猛然と突っ込んで行く愛倫アイリン

すると分身の術でも使ったかのように、

宙に浮く銃が幾つにも分かれて増えて行く。


そして愛倫アイリンの動きに合わせて

空を飛び交いながら

悪魔目掛けて牽制、援護射撃を行う。

その銃も愛倫アイリンが霊力を駆使して

遠隔操作で動かしているのだから、

この場合はセルフ援護射撃とでも言うべきだろうか。


銃が悪魔を威嚇している間に愛倫アイリン

蝙蝠の翼を横真一文字に大きく広げ硬質化、

研ぎ澄まされた刃を持つ巨大剣と化して

悪魔達の間隙かんげき

閃光の如く一瞬で駆け抜ける。


体を真っ二つに切り裂かれ

血飛沫ちしぶきを上げる下級悪魔達。


「クゥッ、これがレジェンドの力か……」


中級悪魔は低い唸り声を上げた。


-


「やっほー、慎之介

助けに来ましたよー」


身動き出来ずに倒れている慎之介、

その頭上ではミニスカートを履いた幼女が

顔を覗き込んでいる。


「これはまた随分といい感じに

精気吸われてますねぇ」


頭がずっと真っ白なままだった慎之介。

ついに自分の頭がおかしくなって

幻覚まで見えはじめたのかと思ったが、

改めてよく見ると、

当然それは幼女ではなくてリリアンの姿。


救出対象者を無事助け出し

思念を愛倫アイリンに送ったリリアンだったが、

全く反応がないので様子を見に来たのだ。


慎之介の頭の横にしゃがみ込むリリアン。


「思念波に気づかないとか、

どんだけ激しかったんでしょうねえ」


リリアンの含み笑いに顔を赤くする慎之介、

激しかったのは戦闘なのかキッスのことなのか。


-


指揮官クラスの中級悪魔と

激しい攻防を繰り広げる愛倫アイリン


反撃の隙すら与えることなく

連続攻撃を繰り出す愛倫アイリン

悪魔もまた剣と盾を手にして応戦するが、

猛攻の勢いにすっかり押され続けている。


両手で銃と剣を交互に使い分け、

持ち替えるモーションなしで

流れを止めることなく

連続動作で繰り出される攻撃には

敵も防戦一方にならざるを得ない。


銃を離した次の瞬間には

もう既に愛倫アイリンの手には剣が握られており、

それは武器を持ち替えているというよりは

彼女の手の中に武器が勝手に

吸い付いて来るかのようだ。


その武器の切り替えが

非情に高速で繰り返されるため、

敵からすれば行動予測が全く出来ない。


動きを見て反応しようとしても

剣で攻撃して来るのか、

銃で攻撃して来るのか、

瞬時の判断が全く追いついていない。


さらにはあまりに動きが早過ぎるため

まるで腕が四本以上あるかのように思えて来る、

これもまた愛倫アイリンの幻惑戦闘術の一つ。



二刀の剣を盾と剣で受け止める悪魔、

これに対して遠隔操作の銃を

死角に回り込ませる愛倫アイリン

敵が銃撃に気を取られている隙に

相手の盾と剣を弾き飛ばし懐へと入り込む。


敵の懐へと飛び込んだ愛倫アイリン

相手の頭と心臓の位置に

両手の拳銃を零距離射程から連射、

弾丸が尽きた次の瞬間には

既に両の手に握られている剣で

上下から、左右から、

二方向からの十文字切りを繰り出す。


これを済んでのところで、

後ろに一歩下がって致命傷を免れる悪魔、

傷はまだ浅い。


すぐさま愛倫アイリン

右足を下から上に蹴り上げ

悪魔の顎を打ち抜いて

そのまま空中で一回転して着地、

左足を真っ直ぐに出して渾身の蹴りを入れた。

はるか後方へと吹っ飛ぶ中級悪魔。


-


自分がこうして動けなくて倒れている間も

愛倫アイリンはずっと独りで戦い続けていた、

そのことに慎之介は敬意を抱くと共に

自らの不甲斐なさを身に染みて感じていた。


ふとそんな慎之介の脳裏に

漁村で聞いた逸話がぎる。


愛倫アイリンさん、

百パーセントの力の内、

今何パーセントぐらいなんですかね」


「どうかなぁ、あたしも

百パーセントは見たことないんだけど……

多分、今五十パーセントぐらいじゃないかなぁ」


青白いオーラを身に纏って光り輝き、

激しく舞い踊っているかのように戦う

愛倫アイリンの姿に慎之介は美しさすら覚えてしまう。


「なんか今でも、

光ってるように見えるんですけど、

百パーになったらどうなるんですか?」


「サキュバス仲間の話によれば……

全身が黄金に光り輝くらしいですよ」


「それって……」


「あ、黄金バットは禁止設定ワードですよ、

ねえさんの前では言わないでくださいね」


「ですよねぇ……」


「あ、あと金粉ショーも禁止設定ワードですから」


「なるほど……」


-


「あんた達、ちょいとしつこいね」


ここの場に居た下級悪魔達は

すべて一掃した筈であったが、

魔界と繋がるゲートから

まるで無尽蔵であるかのように、

再び続々とこちらにやって来ている。


「こりゃ、まとめて処分しないとダメそうかね」


愛倫アイリンがそう言うと

我が物顔で宙を飛び回っていた銃が一箇所に集まり、

青白い光の粒に、粒子レベルに分解した後、

再結合しはじめて再構築を果たす。


愛倫アイリンの頭上に浮くのは巨大な砲身、

口径約二メートル、全長十メートル弱、

巨大霊砲スピリチュアル・カノン


口径からは青白い霊的エネルギーが

今にも溢れ出さんとばかりに

愛倫アイリンの号令を待っている。


ゲートに向けて、その道筋を、

しなやかな美しい指で指し示す愛倫アイリン


と同時に船全体を大きく揺るがす程の轟音と共に、

収束された霊的エネルギーが

ゲートに向かって放出される。


閃光と共に巨大な光の束が、

ゲート手前に居る下級悪魔達を一瞬で消し去り、

ゲートの中央を直撃して消えて行く。


ゲート越しに魔界で順番を待ち、

待機している下級悪魔達を殲滅しようと

愛倫アイリンは目論見たのだ。


「うわぁ……

無茶苦茶するなぁ……」


その光景を見ていたリリアンは思わず呟いた。


「これで向こう側の奴らも

全滅している筈なんだけどね」


涼しい顔をしている愛倫アイリン

これ程までのエネルギーを放出しても

まるで何ともない様子、

それ程までに慎之介の精気が効いているのか。


-


「慎之介、逃げましょう、

あたしが運んであげますから」


リリアンに悪気はなかった、

良かれと思って言ったことであった。


「この船、間違いなく沈みますよ」


先程から愛倫アイリンの攻撃は

この船の内部にも著しく損傷を与えはじめている。

本来、愛倫アイリンの攻撃は

こちらの世界の物質には影響を及ぼさないように

調整されているのだが、

物質干渉臨界点を突破してしまっているのだ。


このままいけば損傷が激しくなった船が

沈むのは時間の問題だろう。



「いえ、自分はここに残ります」


だが慎之介はリリアンの申し出を断った。


「もし万一また愛倫アイリンさんがピンチになったら

もう一度自分が精気を分けてあげなきゃ」


「それ以上精気吸われたら、死にますよ?」


愛倫アイリンさんが負けるぐらいなら、

それでもいいかもしれないですね……


戦う力のない自分の代わり、弱い人達の代わりに、

いつも愛倫アイリンさんが戦ってくれるんですから


自分だけでも最後まで一緒に居てあげないと

最後まで戦いを見届けてあげないと」


「それに、船が沈むのに愛倫アイリンさんが

自分を置いて行ってしまうなんて有り得ませんし」


それは愛倫アイリンが自分に惚れているから、

そんな自惚うぬれではなく、

これまで共に戦って来たパートナー、

バディとしての絶対的な信頼と絆。


もし何かあったら彼女は自らの命を顧みず、

自分を助けようとすることだろう。

だからこそ自分も愛倫アイリンの戦いを

最後まで一緒に居て

そばで見届けなくてはならない。


そうでなければ……


「そうでなければ……

彼女はまた独りきりで

戦い続けることになってしまいますから」


慎之介の言葉がリリアンの胸に響く。

まだ人外と呼んで差別する人間すら居るというのに、

そんな異種族である自分達の仲間と、彼女と、

それ程までに深く固い絆で結ばれているのかと。


「慎之介、あんた、それってもう……」


リリアンは躊躇ためらって、

その先を言うのを止めた。


慎之介自身が気づいていない気持ちを

自分が先に言うのは、違う気がしたからだ。


リリアンにとってそれは

慎之介の前で言ってはいけない、

禁止設定されたワードだったのだろう。


ただ心の中ではハッキリと叫んでいた。


 --慎之介、あんた、

 それってもう愛だよっ!





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