血にまみれた女
――おかしい
その場に居た最後の悪魔を
両手に握る二刀の剣で切り倒し、
悪魔の返り血で全身血まみれの
人間相手には
悪魔相手には容赦がない。
この船に乗っていた下級悪魔は
これでほぼすべて倒した筈、
しかし遠くに感じる悪魔の気配は
無くなるどころかむしろ増えている。
悪魔の増援が次々と
船内に進入して来ているということか?
悪魔が海から来るとは考えづらい、
かと言ってこの大群が空から来ているとも思えない。
そもそも論で言うと、
この世界で今まで全く影も形もなく、
音沙汰もなかった悪魔が
ここにこれ程居るのがおかしい。
いずれにせよ、このままでは
救出部隊との陽動作戦が失敗に終わる可能性もある、
すべての悪魔を自分に引き付けるという
役割だけは果たさなくてはならない。
意識を集中させて、今現時点で
悪魔の気配が密集しているポイントを
探り当てる
「慎さん、あたしはちょっと下に降りるから、
後でゆっくり来ておくれよ」
そう言うと
それの衝撃で大きく空いた穴から
船内の下の階へと降りて行った。
慎之介が空いた穴を覗き込むと
下の床まではマンションの二階以上の高さがありそうだ。
「階段で行くしかなさそうかな……」
-
「いや……まいったね」
悪魔の気配が密集している場所に辿り着いた
「こいつら、やらかしやがった」
侵攻する悪魔達の背後、
船の内壁には巨大な紋様が描かれている。
「まさか、
あっちとこっちを繋げちまうとはね……」
悪魔の力により生成された
あちらの魔界とこちらの世界を繋ぐゲート、
そこから次々と下級悪魔達が
今まさに送り込まれて来ているのだ。
ゲートの現出など
そう簡単に出来るものではない、
今回の事件、背後の黒幕には
最高位レベルの悪魔がいるということだろう。
「こりゃあ、ちょっと
死ぬ気でやらないとダメかもしれないねえ」
それからはただひたすら
目の前に居る下級悪魔の大群を
撃ちまくり斬りまくった
どれぐらいの時が経ったのだろうか、
時間密度が濃すぎて
それすらもわからない。
永遠なのかもしれないし
一瞬なのかもしれない。
悪魔の返り血を浴び、血にまみれた女、
ハァハァと息を切らせ肩を揺らしている。
もう銃を出すことは出来ない、
残された武器は
右手に握る一振りの剣と背中の羽根だけ。
自らの魂の一部や霊力、
生命エネルギーで武器を生成する
エネルギー残量がそのまま武器の残存数に直結する、
つまりは
もう既に残りわずかということに他ならない。
せめて別働隊の救出が完了するまでは、
悪魔達にここを通す訳にはいかない。
それまで持ち堪えることが出来れば、
悔しいが上手くいけば
逃げ切ることは出来るかもしれない。
異世界ではいつもこんな戦いが
果てしなく続くだけだった……。
-
だが
他の下級悪魔とは明らかに異なる気配が
ゲートから出て来たのを感じる。
「お前ら、いつまで
こんなサキュバス如きに手間取ってんだ?
もう明らかに息切れしてんじゃねえか」
おそらくは下級悪魔達の指揮官に相当するだろう
中級レベルの悪魔。
舌打ちする
目論見は上手くいきそうにない。
「ちっ……」
「あんた達、悪魔の癖に、
規律正しい軍隊みたいじゃあないか」
指揮官の指示に従い
統制の取れた悪魔というのは似合わないが、
これ程厄介なものもない。
「お前あれか、
レジェンド級サキュバスとか言われてる奴か
確かアイリンとか言ったかな
そのレジェンドもエネルギー切れじゃあ
どうしようもないみたいだな」
中級悪魔は馬鹿にしたように笑う、
弱っている者をいたぶるというのは
清々しいぐらいに悪魔らしい。
「そうだな、
俺も名前ぐらいは教えてやるか」
「いや、やめておくれよ
女
あんた中級悪魔だろ?
虚勢を張るような状況ではないが、
それでも強気に相手を挑発する
「おいおい、
そんな挑発なんかには乗らねえぜ、
ミエミエなんだよお前の狙いは」
そうここで挑発に乗って
自ら突っ込んで来てくれるようなら
まだワンチャンス可能性はあった。
「間合いに入ったところをバッサリ、だろ?」
これ以上のエネルギー消耗を避けるため
自らの間合いに入っ来た者だけを叩き斬るカウンター、
それが
「おい、人間の武器持って来い
確かマフィアが機関銃を大量に積んでた筈だ
魔力で強化して撃ち続けてりゃ
あいつは時期にくたばる」
――やはり、指揮官クラス
そう簡単にはいないか
「じゃあ代わりに一つ教えておくれよ、
今回の黒幕はディアブロなのかい?」
これまで以上に険しい顔している
「さすが、レジェンド同士、
よくその名前が出て来たな」
突然その名前が出て来たことに
驚きを隠せない中級下衆。
「まぁ、あいつには逆らえねえからな」
こちらの世界では
スペイン語で悪魔の意味を表すディアブロ、
その名を冠する程の最高位レベルの悪魔。
あちらの魔界とこちらの世界を繋ぐ
ゲートですらつくり出す程の力を持っている。
そして
縁が無い訳ではない。
-
悪魔の群れの銃撃を、蝙蝠の羽根を硬質化、
前面に押出して防御に徹する《アイリン》。
だが、ただ防御しているだけとはいえ
羽根の硬質化にも最低限のエネルギーは使っている、
このままでは中級下衆の言う通り
いずれ力尽きて蜂の巣になるのを待つばかり。
その時、
階段が瓦礫で塞がってしまい、
そこをよじ登るなど難儀していた慎之介が
ようやくここまで辿り着いた。
「慎さん、逃げてっ!!」
勝ち目がなくなりつつある戦い、
せめて慎之介だけでもここから逃げて欲しい、
しかし慎之介はそんな
銃弾が飛び交う中を全力で走って向かって来る。
右の翼で自らをガードする
左の翼を長く伸ばして
慎之介に当たりそうな銃弾を跳ね返す。
「慎さん、逃げてって言ったじゃあないかい」
彼女の元まで辿り着いた慎之介。
慎之介が来てから明らかに空気は一変した。
こうした不思議な力を気に入っている。
ただ空気が読めない奴と言われればそれまでだが、
壊してしまった方がいい空気もあるのだ。
まだ息を弾ませている慎之介は、
いきなり力強く
「あっ、あっ、
キ、キ、キッスをしましょうっ!!」
照れて恥ずかしさのあまり、どもった上に
「なんなんだい?こんな時に、慎さんたら」
「こ、こんな時だからですよっ!」
「死ぬ間際になって、あたしのこと
抱いておけば良かったって思ってるのかい?
だから早くやろうって
ずっと言ってたじゃあないかい!」
逃げろと言いつつ、
慎之介が来てくれたことで嬉しくて
「ち、違いますよっ!」
「粘膜接触ですよっ!」
「あ!」
ここまでの付き合いから
今の
慎之介の目から見ても一目瞭然。
慎之介はそのために銃弾の中をかいくぐって来たのだ。
-
残されたエネルギーをすべて使って、
自らの羽根で二人の周囲を完全に囲んだ
絶対的防御の型で外部を一時的に遮断した
両の掌で慎之介の頬に触れようとする
血にまみれた自らの手が目に入り、
触れるのを
「すまないね、
慎さんの大事なファーストキッスの相手が、
こんなに血にまみれた女で」
いつも自分を卑下するな、自分を下に置くな、
そう言っている
慎之介は胸が痛む。
「何を言ってるんですか、
弱き者を守ろうとして
血にまみれたんじゃないですか……
誇らしいですよ、自分は」
止まっている
慎之介は自らの頬に押し当てた。
両頬に赤い血が着いたが、
慎之介は穏やかな笑みを浮かべている。
「やっぱり、慎さんは、優しいね」
自らのおでこを慎之介のおでこにくっつけて、
潤んだ瞳で見つめる
相手の吐息と熱が伝わり、
まるで自分のものであるかのように慎之介には思えた。
いや実際には、慎之介からも
同じ熱量が放たれていたのだが、
本人にはまだそれがよく分かっていない。
蝙蝠の両翼は二人を完全に覆い包んだ。
-
「亀みたいに完全に閉じこもりやがったぜ、こいつら」
羽根で二人を包み込んだ絶対的防御の型は、
まるで黒い花の
「構うな!
このまま撃ち続けろっ!」
中級悪魔の
下級悪魔達は銃を乱射し続ける。
それを受けひたすら耐える絶対的防御の型。
「下手に射程に入ると
反撃されるかもしれねえからな
なあに、あの
もう息切れしてんだから
こうやって削り続けてりゃあ、
いずれ体力も尽きるだろうよ」
しばらく銃撃を続けていたが
それでもまだ型が崩れる気配はない、
それどころか徐々に翼の硬度が増して行く。
「意外としぶといな、もう一押しか」
勝利を確信していた中級悪魔、
しかし
右の翼はまだ二人を包んだままであったが、
ついには左の翼は悪魔達が放つ銃弾を弾き返しはじめた。
その跳ね返す力とスピードも次第に強くなって行き、
跳弾を受け倒れる下級悪魔もいる。
「どうせ最後の悪あがきだ、続けろ!」
もう
ひたすらに銃弾を受け続けていた
ついに左翼が大きく伸び、鋭利な硬い
最前列の悪魔どもを真っ二つに切り裂いた。
右翼で防御しながら
そっと慎之介を床に置いてから、
静かに立ち上がる
慎之介はもう自ら立ち上がることも出来ない、
精気の大半を彼女に託したためだ。
まさしく幽鬼の如き威圧感を発し、
静かでありながら燃え盛る青い炎のように
全身からオーラを放つ
「あたしと慎さんの
大事な、大事な、ファーストキッスを邪魔するだなんて
あんた達、死にたいのかい?」
いきり立つ
それは
人身売買に怒っているのか、
二人の初キッスを邪魔されて怒っているのか、
それももはや定かではない。
「いいや、殺すよ」
そしてその姿は薄っすらと光輝いている。
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